「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(12) 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

結婚観の変化

このような「結婚=男女の関係」をめぐる新しい現象は、「男=夫は外で仕事をし、女=妻は家で家庭を守る」といったそれまでの考え方を破壊し、女性が一人の人間として「自立」するようになったことを意味していた。それと共に、「家族の関係」も変化の一途をたどっていたことを如実に反映するものだったのである。

1987年、第6回海燕新人文学賞を受賞した吉本ばななの『キッチン』は、まさに80年代になって顕著になった家族の解体・流動化現象を背景とした小説であった。以下のような冒頭部分の一節が、そのことをよく表している。

「私、桜井みかげの両親は、そろって若死にしている。そこで祖父母が私を育ててくれた。中学校へ上がる頃、祖父が死んだ。そして祖母と二人でずっとやってきたのだ。
先日、なんと祖母が死んでしまった。びっくりした。
家族という、確かにあったものが年月の中でひとりひとり減っていって、自分がひとりここにいるのだと、ふと思い出すと目の前にあるものがすべて、うそに見えてくる。生まれ育った部屋で、こんなにちゃんと時間が過ぎて、私だけがいるなんて、驚きだ。」

同時代の作家や批評家は、祖母が亡くなって「びっくりした」と表現する感性の出現に、それこそ「びっくり」したのだった。この後の展開で主人公は、祖母がよく花を買っていた花屋でアルバイトをしていた大学の同級生である田辺雄一と同居するのだが、同居先のマンションには「えり子さん」と呼ばれる「性転換」した田辺の父親が一緒に住んでいるという状況からしても、読者は新しい時代の作家の誕生を感知することになる。ただ、桜井みかげと田辺雄一の関係が、二人が同居するようになっても一向に進展することなく、最後まで性的な関係を持たない「友人以上・恋人未満」のままでいることに、年配者たちはジェネレーションギャップ(世代間のズレ)を持つというようなこともあった。

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