内藤麻里子の文芸観察
内藤麻里子の文芸観察(81)
「家族」と聞いて、あなたが思い浮かべるのはどんな家族だろう。親がいて子がいて、親は子を育て、躾(しつ)け、叱り、食事を共にし、団欒(だんらん)する。もしこう考えたなら、かなり時代遅れといえる。今は“超「個」の時代”だ。食事は孤食だし、親は自分が大事だから、自分が楽しくない躾(しつけ)なんかしない。それを学校に期待するなど、子育てのアウトソーシングが進んでいる。そんな現代の家族の実態を、私は『ぼっちな食卓―限界家族と「個」の風景』(岩村暢子著・2023年刊)で知った。今回紹介する武田綾乃さんの『ここはこどものいない国』(講談社)は、この現代の家族が行き着く、あり得べき未来を見事に描き出している。
内藤麻里子の文芸観察(80)
凪良(なぎら)ゆうさんの『多類婚姻譚』(講談社)は、結婚をめぐる関係性を通して、現代社会を生きる多難さが浮き彫りになる短編集だ。結婚間際のカップルもいれば、結婚という形にとらわれない登場人物もいる。解像度高く現代人を見つめている。
内藤麻里子の文芸観察(79)
天沢時生さんの『キックス』(集英社)は、亡き友への哀歌を謳(うた)いあげる、企(たくら)みに満ちたとびきり奇想の小説だ。哀歌を彩るのはキックス(これはスニーカーのスラングだそうだ)と、ヤンキーの抗争と、太平洋戦争だ。それらを言葉(物語)の贋作(がんさく)でくるみ込んでいるのである。何のことやらとお思いだろう。順を追って説明しよう。
内藤麻里子の文芸観察(78)
独自の世界観で歌舞伎を描いた『化け者心中』(2020年刊)、『おんなの女房』(22年刊)などで注目されてきた蝉谷めぐ実さんが、新機軸に挑んだ。それが『見えるか保己一(ほきいち)』(KADOKAWA)である。江戸時代後期、古今の貴重な文献を集めて分類、収録した国内最大の叢書(そうしょ)『群書類従』を編纂(へんさん)した全盲の国学者、塙保己一を題材にして、また独特な世界を現出させた。その書きっぷりに心底驚き、魅了された。
内藤麻里子の文芸観察(77)
高田大介さんの『エディシオン・クリティーク』(文藝春秋)は、文献をめぐる知的探求ミステリーの興奮と、元夫婦の関係を高尚に、しかもコミカルに描く面白さが詰まった異色作だ。
内藤麻里子の文芸観察(76)
『のぼうの城』(2007年)、『村上海賊の娘』(2013年)など、寡作ながら出れば話題になる和田竜(りょう)さんの12年ぶりの新作は『最後の一色』上・下巻(小学館)だ。室町時代から200年近く丹後守護を務めてきた一色家の最後を描いた作品だが、こんな戦国小説、読んだことがない。時間をかけて丁寧に構築された世界で武将たちが躍動し、意外性と情け深さに翻弄(ほんろう)される。
内藤麻里子の文芸観察(75)
野宮有さんの『殺し屋の営業術』(講談社)は、殺し屋たちが織りなすだまし合いを描いた知的で刺激的な作品だ。コンプライアンスに配慮しなければならない時代に、エンターテインメントに振り切った殺し屋の世界を描き出してみせた。小説とはこういうものだ。
内藤麻里子の文芸観察(74)
森絵都さんの『デモクラシーのいろは』(KADOKAWA)は、敗戦後まもなく、日本人に民主主義を教える“実験”が行われたという設定の物語だ。ドタバタの試行錯誤を活写するコメディーに爆笑しているうちに、自分の足で立つことの意味と希望が胸にしみ入ってくる。
内藤麻里子の文芸観察(73)
“推し活”の世界がとんでもないことになっている。朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)は、推し活を通して現代人の精神のありようを嫌というほど突き付けてくる。その不安、寄る辺なさに打ちのめされる思いがした。
内藤麻里子の文芸観察(72)
住田祐さんの『白鷺(はくろ)立つ』(文藝春秋)は、徹頭徹尾、比叡山の千日回峰行のことしか書かれていない。ところが、これが読ませるのである。物語の持つ磁場に、一気に引き込まれた。










