内藤麻里子の文芸観察

内藤麻里子の文芸観察(32)

男たちの世界を描くのに、女の視点や登場人物を配置して新しい風を吹かせた小説が期せずして最近、相次いで刊行された。今回はいつもと趣向を変え、その3作を紹介しよう。

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内藤麻里子の文芸観察(31)

自分のやりたいことは何だろう。私にはどんな仕事が向いているのか。若い頃から我々はずっとそんなことを考えているのではないだろうか。角田光代さんの『タラント』(中央公論新社)は、「使命」「賜物(たまもの)」「才能」などの意味を持つ題名だ。主人公は、タラントとは何か、自分にタラントはあるのかと考え続ける。その姿は、しがない私たち自身に見えてくる。

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内藤麻里子の文芸観察(30)

浅田次郎さんの『母の待つ里』(新潮社)は、本の装丁とタイトルを一見すると、いかにも郷愁を誘う。けれど、そう見せておいて、実はここに描かれるのは現代人(特に都会に住む)の空虚さと、地方と都会の格差だ。

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内藤麻里子の文芸観察(29)

2020年『化け者心中』で小説野性時代新人賞を受賞してデビューした蝉谷めぐ実さんは、新たな時代小説の書き手として注目を集めた。その蝉谷さんの2作目『おんなの女房』(角川書店)が早くも刊行された。

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内藤麻里子の文芸観察(28)

夜空の月を見て心慰められることもあれば、冴(さ)え冴(ざ)えとした月光は孤独や狂気をはらむように感じることもある。そんな月に触発され、『竹取物語』の昔から幾多の物語が生まれてきた。今また新たな物語が誕生した。小田雅久仁さんの『残月記』(双葉社)である。

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内藤麻里子の文芸観察(27)

夏目漱石といえば文豪である。英国留学中、神経衰弱になったとか、胃弱だったとか、妻は悪妻と言われたとかの知識はあった。けれど総じていかめしい印象だった。ところが、伊集院静さんが漱石を描いた『ミチクサ先生』上・下巻(講談社)を読んだら、そんな印象が吹き飛んでしまった。豊かな人間性が香り立ってきたのだ。

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内藤麻里子の文芸観察(26)

若者にこんな思いをさせてはいけない。西加奈子さんの『夜が明ける』(新潮社)を読んで、つくづくそう感じた。ロスト・ジェネレーションの若者を描いているのだが、『漁港の肉子ちゃん』(2011年)、『サラバ!』(2014年)などで知られる西作品らしく、不思議な企(たくら)みに満ち、なおかつ心に迫る小説だ。

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内藤麻里子の文芸観察(25)

名古屋出入国在留管理局の施設で、スリランカ人の女性が亡くなったのは2021年3月のこと。ずっと体調不良を訴えていたにもかかわらず、放っておかれた末の死だった。死亡事件はほかに何件も発生しているだけでなく、長期にわたる不当な収容、難民申請の驚くほど低い認定率など入管をめぐるニュースはたびたび耳にしてきた。中島京子さんの『やさしい猫』(中央公論新社)は、そんな現状に一石を投じる長編小説だ。

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内藤麻里子の文芸観察(24)

朝井まかてさんの『白光』(文藝春秋)は、夢に向かって生きることの野心と挫折と、その果てにある充足が余すことなく詰まっている。生きるとはこういうことよと、ゆうゆうたる筆遣いでつづる画業小説だ。描かれるのは日本初のイコン(聖像)画家、山下りんの生涯である。

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内藤麻里子の文芸観察(23)

ベストセラーとなった『神様のカルテ』(2009年)で知られる夏川草介さんは、長野県在住の現役医師でもある。そんな夏川さんの『臨床の砦』(小学館)は、自身が直面したコロナ診療の実態を看過できず、“緊急出版”した小説だ。ここに至って過去最多の感染者を出している現状に、物語から大きな警鐘が鳴り響いてくる。

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