「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(12) 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

先取りする文学、されど現実は……

吉本ばななが、性転換した父親(母親)と息子の住む家に、天涯孤独の若い女性が同居するという関係を描いたのは、例えば厚生労働省が家族のモデルケースとして示すような、「夫婦と子供二人」といった「血縁」を基にした家族は「虚像」で、血のつながりとは関係ない「疑似的」家族の形成こそが現実に進行している事象であり、「未来の形」なのではないか、と問題提起したとも考えられる。というのも、「疑似家族」の可能性を問うというテーマは吉本ばななの専売特許ではなく、例えば80年代以降に活躍する山田詠美や江國香織といった女性作家たちに共通するテーマだったからである。

『キッチン』の後も、吉本ばななはアルバイト先の上司との先の見えない「不倫」関係を描いた『白河夜船』(89年)や、「近親相姦」と異母きょうだいの恋愛が絡み合った『N・P』(90年)など、表層的・常識的には「異常」としか思われない「家族=人間関係」を描き続けている。しかし、「解体」されて流動化し続ける古来の「家族」に未来はあるのかという、吉本ばななが私たちに投げ掛けている根源的な「問い」に対する解は、いまだ見つかっていない、と私は思っている。

プロフィル

くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。