法話

唯仏与仏(25) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

仏さまは、私たちの心が「法」からずれていることを気づかせようとして、大慈大悲のお心で「救い」の手をさしのべてくださいます。ですから、目の前の悩みも仏さまのお慈悲のあらわれであることを、お伝えすればいいのです。真心にまさるものはありません。相手を思う気持ちから、必ずふさわしい言葉が出てきます。慈愛をこめた語りかけやふれあいを積み重ねるなかで、その方を本質的な救われへと導くことができるのです。

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立正佼成会 庭野日鑛会長 11月の法話から

11月に行われた大聖堂での式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋してまとめました。(文責在編集部)

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唯仏与仏(24) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

感謝の念が湧いたときは、心がきれいになります。これは、だれでも経験することです。人に親切にされて「ありがたい」と思う瞬間、心に濁りなどありますか。微塵(みじん)もないでしょう。その瞬間は、いわば、心のアンテナが美しく磨かれ、人の恩を完全にキャッチできた状態といってもいいでしょう。

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唯仏与仏(23) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

自分の人生をふり返ると、一つの考えに帰着します。それは、私の一生はつまるところ、無数の人たちとの出会いによって導かれ、築かれてきたということです。あのとき、あの人と出会って、歩む道に確信がもてた……といったようなことが多く、あらためて一種の驚嘆の思いに駆られます。

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唯仏与仏(22) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私は若いときから、人さまのいうことは素直に聞きました。ですから、自分の意見を言い立てて口論をするということはありませんでした。人さまの意見はよく聞いて、聞いたことをあとから味わってみて、よいところは自分のものとして消化する、というふうにしたのです。そのお陰さまで、どなたとでもおつきあいができて、また、こちらの言い分も酌んでいただけるのです。

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唯仏与仏(21) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

この世に、救われない人間は一人もいません。みんな「仏性(ぶっしょう)」という尊い宝をもっているからです。どんなに不遇な人でも、「自分はだめだ」と思いこんでいる人でも、本来そなえている「仏性」に目ざめ、生きる喜びを味わえば、その人のもっている一芸一能が芽を吹くのです。

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立正佼成会 庭野日鑛会長 10月の法話から

10月に行われた大聖堂での式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋してまとめました。(文責在編集部)

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唯仏与仏(20) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

大事なのは、まず目の前の一人を大切にしていくことです。自分がふれあう人に対して、その人が幸せかどうかを察してあげることです。そして、その人が幸せでないと感じたとき、何に悩んでいるかを思いやってあげると、「何とかして苦しみを抜いてあげたい」という気持ちが湧いてきます。それが慈悲の「悲」の心にほかなりません。

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唯仏与仏(19) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私たちが生活している現実の世の中は、お釈迦(しゃか)さまが「一切皆苦」と説かれたように、「苦」に満ちた厳しい世界です。その厳しい世界を生き抜いていくには、やはり小さいときから鍛えられて育つことが大事なのです。

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唯仏与仏(18) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

人を育てていくうえで大事なことは、私の経験からすると、その人の得意なところを見いだしてあげることだと思います。人はだれしも、より向上したい、人さまの役に立ちたいという「仏性(ぶっしょう)」をもっています。ですから、その発露を慈悲のまなざしで見ていけばいいのです。それが「はぐくむ」ということで、祖父や父が私にしてくれたのも、そういう慈しみの接し方だったのです。

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