栄福の時代を目指して(19) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節
「戦後未曽有の国難」到来の兆候――生命と生活を守る国民的運動を
昨年11月以来、毎月、「国難」が来ると警鐘を鳴らし続けてきた。半年も経たずにいよいよ本格化し始め、「戦後未曽有の国難」となり始めた。今はまだ序曲だが、不安を感じる人も多いはずだ。
ナフサ*不足で4月13、14日にはTOTOやLIXIL、パナソニックのユニットバスなどが受注停止に追い込まれた。さらに、シンナーや断熱材などの住宅設備や建築資材も不足や高騰していることで住宅設備・建材業界が悲鳴を上げている。医療用品不足も懸念され、特に人工透析の停止が危惧されている。冷凍保存袋、梱包資材、ゴミ袋、医療用手袋などでも値上げや品薄、欠品などが生じ始め、燃料費の高騰で航空機や漁船などの欠航・減便も相次いでいる。こうした危機は、これからますます顕在化して深化するだろう。経済界も、遅まきながら声を上げ始め、柳井正会長(ファーストリテイリング)が「無駄な戦争はやめてもらいたい」(4月9日)と発言し、関西経済連合会の松本正義会長(住友電気工業)が日本政府の外交方針を「戦争阻止の姿勢が欠けている」と述べた(4月14日)。
このまま進むと、オイルショック時のような狂乱物価になるとともに、建築業界をはじめ各種業界で倒産や失業が起こり、医療用品の欠乏による死者が現れかねない。肥料価格も世界的に急騰していて、食料危機が生じ、飢餓・餓死という恐れすら世界的に考えられる。そうなると、石油や食料の自給率の低い日本には危機が直撃し、円安が昂進(こうしん)して、経済は最大級のダメージを被る。
ところが高市早苗首相は、相変わらずナフサの国内需要4カ月分は確保されている(4月5日)と言い張っており、現実の不足は「目詰まり」だとして、政権は業界にその解消を指示している。根源的問題は供給不足にあるのに、不合理の極みだ。資源エネルギー庁の有識者委員(コネクトエネルギー合同会社CEOの境野春彦氏)によると、政府は確保していると言っているが「需要に供給が追いつかなくなり、深刻な影響が出る恐れがある」という意味において、「6月に詰む」というのだ。
*原油から作られる石油製品の一つ。「粗製ガソリン」とも呼ばれる
国難到来の責任は首相にあり
しかるに、危機感を持つ人々がまだ少なく、内閣支持率も高いままだ。その責任は、NHKをはじめ大手メディアにもある。政府の説明をそのまま伝えて、真実を報道していないからだ。一部の民放や新聞がようやく実態を伝え始めたが、まだまだ足りない。戦前に、政府が報道管制を敷いて、国民に真実を知らせずに戦争に突入し、「大本営発表」によって戦況を偽っていたことを想起させる。安倍政権以来、メディアが政権の意向を忖度(そんたく)するようになっており、まさに今、この国難において戦前を思わせる状況が現れている。
もっとも大事なのは、この世界的危機の原因はトランプ政権にあり、国難を現出させている責任は高市首相にあるという認識が広がることだ。国民が生活苦に喘(あえ)ぐ日が到来したら、現政権の場合、責任をイランに押しつけかねない。「だから、改憲や自衛隊派遣が必要だ」などと言い出すかもしれない。
これは、まさしく戦前に起こったこと、つまり日米戦争への突入と同じ論理である。戦前の日本は、「鬼畜米英」というようにアメリカとイギリスを悪者にし、ドイツ・イタリアという枢軸諸国が勝つと想定して、真珠湾攻撃を行った。今は、イラン・中国・ロシアに責任を押しつけ、アメリカ・イスラエルが勝つと期待して、戦争への道を歩むことになりかねない。
法的にも倫理的にも、この方針は根本的に間違っている。なぜなら、戦前はナチス・ドイツが侵略を始めたのに対し、今はイスラエルとアメリカが違法な戦争を始めたからだ。国益から見ても、同じだ。戦前はドイツ・イタリアが敗者となったのに対し、今はアメリカが敗者になりつつあるからだ。戦後はアメリカ追随政策をとってきたからといって、状況判断を誤って固執すると、再び敗者となってしまう。
だから、現政権が崩壊しない限り、トランプ政権と高市首相にこのような事態を招いた責任があるという認識を持って、生活と生命を守るために、倫理的な国民的運動が燎原(りょうげん)の火の如(ごと)く広がる必要がある。これによってはじめて、日本は戦前の道を回避し、国難を乗り越えていくことができるだろう。
国民のために働かず、戦争準備にのみ積極的な首相
前回、高市首相訪米直前にアメリカのトランプ大統領が発言を急転させたために、自衛隊派遣の約束をしなかったことを「天佑」と書いた。その後で、本当にこの危険が迫っていたことが明らかになった。安倍晋三元首相側近だった内閣官房参与筆頭の今井尚哉氏が、自衛隊派遣を約束しようという高市首相の腹積もりを知り、「国難だ」と怒って首相執務室に乗り込み、「あんた、何考えているんだ。どうなるか分かっているだろうな!」と述べて激論になり、激昂(げきこう)した首相は「あいつに羽交い締めにされた。許せない。切るつもりでいる」と息巻いた。政府や与党からも反論が続出して最終的に思いとどまったというのだ(『選択』2026年4月号)。ここに天佑も働いたのだろう。後続の報道では細部には差があるものの、首相の意向についての大筋は変わらない。つまり、首相側近も自衛隊派遣を「国難」と認識していたことになる。
そして政府は、市町村単位で地下シェルターを作る基本方針を閣議決定し(3月31日)、自民党大会では、改憲の発議にめどを付けて来年の大会を迎えると首相が独断で述べた(4月12日)。さらに国会での審議もなしに、閣議決定で殺傷武器輸出を全面解禁し(4月22日)、国家情報局の設置法案を提出して成立を図っている。
前回に書いたように、アジア諸国が次々とイランと直接交渉をしてホルムズ海峡通過の承認を得ているのに、高市政権はアメリカのご機嫌取りに終始して、何もせずに時間を空費した。参議院予算委員会で立憲民主党・小西洋之議員が石油確保の個別交渉を求めたのに対し、「トップレベルの会談も含めて」追求していると首相が発言した(4月6日)。外相や首相は急にイラン外相やトランプ大統領に電話したものの、ホルムズ海峡が「国際公共財」であると強調したと首相自ら説明した(4月8日)。事実上は封鎖を批判したことになり、肝心の通過交渉をした形跡がない。
他方で、トランプ大統領は日本に対する不満を繰り返し、ホルムズ海峡封鎖を表明した(4月12日)。これこそ「国際公共財」に反する行為だが、反対の意向を表明したという話は聞かない。
首相動静を見ても、土日は一行で終わり、平日も面会相手が少なく、周辺の政治家や各省幹部ともあまり話さずに引きこもっていて、「一人暴走状態」(官邸関係者)が続いているという(『週刊現代』4月14日)。本当なら、危険極まりない。その上で、英国ロック・バンドのディープ・パープルとの面会やタレントとの「お肌」や「お洋服」についての歓談にだけは時間を割く。要は、人気取りだけに勤しみ、国民の生活を救うためには何も実質的なことをせず、戦争準備のみ急いでいることになる。





