男たちの介護

男たちの介護――(11) 変わりゆく父 激動の中での決断

人の輪に支えられた日々

父・知則さんの面倒を最期まで看(み)よう、そう徳田昌平さん(74)は決意していた。ところが、一緒に父を介護していた妻の史子さん(71)が入院することになった。介護による心労のためである。やがて、昌平さん自身も自分の限界を知ることになる。

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男たちの介護――(10) 変わりゆく父 激動の中での決断

父は最期まで私が看よう

8年前のことだ。「ここに置いてあった銀行のキャッシュカードをどこへやった! おまえ、俺の金、盗んだだろう」。突如激高する父親に、徳田昌平さん(74)は困惑した表情で答えた。「いいかげんにしてくれよ。父さんの金なんて盗んでいないよ。父さんの方こそ、この間、キャッシュカードを外出先で無くしたばかりじゃないか」。

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男たちの介護――(9) 小谷正臣さんの体験を読んで 津止正敏・立命館大学教授

ケアとは、人をいとおしむ心 “care”が紡ぐコミュニティー

夫婦で共に手をとり合い、障害のある娘さんを支えながらも「穏やかな」暮らしにあった家族団欒(だんらん)が、奥さまの脳内出血という異変によってきしんでいく。さらには娘さんも子宮体がんに侵され、懸命の看護の末、46歳の生涯を終える――小谷正臣さん(77)=仮名=の壮絶な介護生活を綴(つづ)ったのが今回の『男たちの介護(7、8回)』でした。夫婦は「異体同心」、つらくとも前を向いて生き抜こうという小谷さんから教えられたことを記し、私のコメントに代えたいと思います。

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男たちの介護――(8) 妻と娘のダブル介護 家族との時間を大切に過ごす日々

ずっと3人で暮らしたかった

居間で、小谷正臣さん(77)がハーモニカを吹く。「茶摘」。すると、車椅子に座っている妻・晴枝さん(75)も長女・晶子さん(平成30年3月に他界。享年46)も音色に合わせ歌い出す。家族3人、介護生活の中にもだんらんがあった。こんな、穏やかなひとときがあれば十分だ。そう正臣さんは思っていた。

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男たちの介護――(7) 妻と娘のダブル介護 家族との時間を大切に過ごす日々

「妻の面倒は自分が」の一念で

ダブル介護。言葉自体は耳にしたことはあった。しかし、自分に降りかかってくるとは、小谷正臣さん(77)は思ってもいなかった。正臣さんは妻と娘の介護をしなければならなくなるのだが、娘の晶子さんが、がんで平成30年3月、46歳で亡くなるまでの9カ月はまさに“ダブル介護”の時期だった。

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男たちの介護――(6) 藤堂靖之さんの体験を読んで 津止正敏・立命館大学教授

つらさを共有することの大切さ 一人で抱え込まないで

これまで2週にわたり藤堂靖之さん(69)=仮名=の介護体験をリポートした。長年、母・智代さん=仮名=の介護にあたった藤堂さんの体験を、立命館大学の津止正敏教授(社会学)に振り返ってもらった。

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男たちの介護――(5) 認知症の母との二人暮らし 心折れそうになりながら 

同じ悩み抱える人に寄り添い

玄関の郵便受けに、一枚のチラシが入っていた。「介護で悩んでいませんか?」。そう書かれていた。毎月第4木曜日、地域の福祉センターに男性介護者が集うサロンの紹介だった。

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男たちの介護――(4) 認知症の母との二人暮らし 心折れそうになりながら

今度は自分が母に尽くす番

出向が決まった。勤務先も名古屋になる。藤堂靖之さん(69)は定時制高校を卒業後、広島市内の大手製鉄機械メーカーで働いてきた。さまざまな部署を経験し、50歳の時に名古屋の関連会社へ出向することになったのだ。

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男たちの介護――(3) 山田房雄さんの体験を読んで 津止正敏・立命館大学教授

ケアマネジャーなど公的サービスを活用 体験を肯定し、今後の人生を支える糧に

2週にわたり、山田房雄さん(81)=仮名=の介護体験をリポートした。妻をみとった山田さんの体験を立命館大学の津止正敏教授(社会学)に、いま一度振り返ってもらった。

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男たちの介護――(2) 50年間連れ添った妻が脳腫瘍に 突然始まった介護

辛抱強いなぁ、ユキは……

妻をトイレに連れて行こうとした時だった。妻の足が前に進まず、夫婦で廊下に倒れ込んだ。山田房雄さん(81)が妻で1歳年下のユキさんの介護にあたったのは5年前、期間は1年間だった。「もう私の力ではどうにもならん。竹中さん(竹中とみこさん・63歳)に電話するよ」。竹中さんは、週に何度も心配して山田家に様子を見に来てくれる主任さんである。

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