「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(12) 文・黒古一夫(文芸評論家)

解体・流動化する「家族」

多くの経済学者が指摘するように、1950年代半ばから始まった高度経済成長期、73年からの安定成長期を経て、80年代後半から突如、日本列島はバブル景気に沸き、日本はそれまで経験したことのない「豊かさ」を手に入れた。しかし、その半面、80年代以降、少子高齢化や離婚率・未婚率の上昇、貧富の差の拡大、老老介護、等々の現象が加速度的に進み、社会問題として深刻化する中で、果たしてこの日本は本当に「幸せ」な社会なのか、といった疑問を抱く人が増えていく。

特に、「家族観」の変化の影響が大きかった。儒教道徳が社会の規範となった封建時代(鎌倉~江戸時代)にこの国に定着した「一夫一婦制」を基本とする「家族」の概念は、明治維新後、1896年制定の「民法」にある「家族法」(第4編「親族」)によって法的に確定されたのだが、それが80年代に入って「解体」現象を見せ始め、家族の形態も著しく流動化し始めたことは、人々に「本当の幸せとは何か」を考えるきっかけを与えることになった。林郁のルポルタージュ『家庭内離婚』(85年)がベストセラーとなり、「家庭内別居」や「仮面夫婦」という言葉が、ジャーナリズムの世界で普通に使われるようになったことは、その象徴である。

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