カトリック教会は人類と共に歩む 教皇がスペインの国会議員たちにメッセージ

スペイン下院でスピーチする教皇レオ14世

スペインを訪問中のローマ教皇レオ14世は6月8日、同国の下院に足を運び、両院の国会議員たちに対し、「カトリック教会は、人類と共に歩み、希望と痛みを分かち合い、各時代の質問に答え、現代の男女の存在に関わる全ての事柄についての問いを受けていく」と、今回の訪問中で最も長いスピーチをした。

教皇はスピーチにおいて「地上の現実(聖アウグスティヌスの説く“地上の国”)の独立性(政教分離の原則)」を認めながらも、「共通善に奉仕するための願望に動かされ、共存を真に人間的にする要因についての反省を促していく」と主張し、「(人間の)尊厳性、正義、共通善が、国家、国際レベルにおける社会関係の規範でなければならない」と説いた。その上で、国際世論の幅広い層が、軍事力による強要ではなく、人間人格(の尊厳性)の認識に立つ平和を求めているときこそ、「与党政権は、どんな与党であっても、法的に蹂躙(じゅうりん)することのできない、全ての人に属する善(共通善)を尊重」していかなければならないと訴えた。

米国で生まれ、南米ペルーで長年にわたり宣教活動を展開してきた教皇は、ここで「サラマンカの問い(糾弾)」を引用。スペインのサラマンカは現在、有名な大学都市となっているが、500年前、アメリカ新大陸の征服が進行中の同市で、カトリック神学者たちが「信仰に関係なく、人間の尊厳性と自然権(人権)は普遍的であり、力による征服は正当化できない」との声明文を公表し、「先住民の権利」を擁護していた。人間の尊厳性の遵守(じゅんしゅ)が、公職にある者の使命であると主張した教皇は、「私たちの眼前で展開する、新しい世界には地図がない」と指摘した。

さらに近年、技術、経済、生命医学、デジタル世界の発展によって「人間の権力が、人間個人や社会生活のデリケートな分野に到達」し、「人工知能(AI)や新しい技術の発展が、素晴らしい可能性を提供している」が、「技術そのものは中立ではない」と警告。新技術が「開発者、投資家、規制者、使用者の面影を持つようになる」からだと訴えた。

政治やAIの発展などに言及しながら、人間の尊厳性という共通善に向けた連帯を呼びかけた

カトリック教会は過去、「技術は中立であり、使う人間による」と教えてきたが、急速な新技術の発展により、伝統的な見解を再検討している。教皇はスピーチで、現代世界において進行する技術革新のプロセスにおいて、「私たちが下す決断によって人間人格の位置や労働の尊厳性、連帯、社会政治、共通善へ向けての展望」が再検討されなければならないと明示。人間の尊厳性が遵守される時、「権利が皆の擁護となり、特定利益や政策に対する保障となる」と述べた。

加えて、人間の尊厳性の基盤として「生命の擁護」を主張する教皇は、貧者や社会の底辺であえぐ人々を排除する「切り捨ての文化」を非難し、母体に宿ってから墓場に至るまでの人間生命の保全を訴えた。差別することなく、社会を構成する全ての人間生命を擁護するためには、「人間尊厳性(遵守)の社会形態」としての「共通善」が必要となってくると示し、「共通善が分かち合われた地平でなくなる時、(政治などの)公共活動が、全ての人に属する善を保全する能力を失い、部分的な利益に分裂してしまう」と戒めた。

また、「人間の尊厳性は抽象的なものではない」との注意を促し、多くの人々が平和、安全、未来を求めるために、全てを投げ捨てて移住している今この時、「悲劇的なドラマとなっている移民問題が、諸国家の良心と国際秩序の倫理的基盤を問いただしている」とも糾弾した。

世界的な現象である移民問題には、単独国家で対処できず、国際レベルでの調整、連帯と効果的な対応が必要となる。国家制度が移民に手を差し伸べ、平等に扱い、調整された対応をするならば、「国境が放置の場でなくなり、人間尊厳性の責任ある擁護の空間となっていく」と分析。「世界が、深い精神的、文化的危機に直面している」と指摘し、その結果として「多くの形態での暴力、分断、相互不信」が生まれ、「平和が政治の希求するところ、さらに、真なる道徳的要請となっている」と述べた。

国際レベルにおいての平和は、「勇気ある外交活動」「倫理的責任感」「各国国民のアイデンティティーを尊重する未来に向けたビジョン」「国際法の提供する平和に向けた道程を通して、争いを解決していく諸国家の義務」を必要とする。しかし、ウクライナや中東での戦争、軍事力によって自国に有利な国際秩序を再構築しようとする動きが世界において顕著となりつつある今、教皇は「欧州においても、脆弱(ぜいじゃく)となった国際状況への対処策として、回避できない再軍備という動きが強まっている」と警鐘を鳴らす。そうした傾向に対し、「真の安全保障は、正義、忍耐ある対話、国際法の遵守、そして、戦争による利益に対して、諸国民の生活(生命)を優先させていくことを可能とする政策から生まれてくる」と反論した。

新技術やAIの軍事利用に関しても、「人間の生死についての判断が自律主義(兵器)に委ねられたり、人間の道徳的責任から切り離されたりしないために、厳格なる倫理監視が必要になってくる」と強調。さらに、世界平和構築のために「その平和が生まれてくる空間の擁護が必要」だと主張した。空間とは、社会において「自身の確信、良心、神との関係を育んでいけるスペース」のことを指す。現代国家が基盤とする「自由」は、それが純なものであれば人間の宗教性を認知し、法的に擁護される。この視点から、「政治の正当なる独立権(政教分離)が、宗教現象に対する敵対意識として解釈されないように」と、教皇は願った。

教皇は最後に、権利は善に奉仕しなければならないと示し、政治権力に対し正義が規範となり、政治権力は正当性を要求されなければならないと強調。「貧者も社会の構成員であり、外国人(移民)は尊厳性をもって受け入れられなければならない」とアピールした。