仏教

法華経のこころ(8)

人間の生き方の究極の境地が示された法華三部経――。経典に記された一節を挙げ、それにまつわる社会事象や、それぞれの心に思い浮かんだ体験、気づきを紹介する。今回は、「方便品」と「信解品」から。

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幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(1) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

はじめまして。天野和公(わこう)と申します。今年40歳になる女性で、仙台市で本業は寺の嫁、副業としてマンガ描きをしております。

さて私、今を去ること14年前にミャンマーで尼僧生活を送った経験があります。すでに結婚しておりましたが、まだ子供がいなかった当時、ヤンゴン市内の瞑想(めいそう)センターで3カ月を過ごしました。本連載は、このことと関わりますので、まずはちょっと触れますね。

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えっ、これも仏教語!?(15) 【いちだいじ】一大事

【いちだいじ】一大事

現在は主に悪い意味で重大な事が起こった時に用いられますが、もともとは「仏が衆生救済のために世に現れた」ということを示す仏教語です。

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新・仏典物語――釈尊の弟子たち(10)

友よ、きみは・・・・・・

遅い、あまりにも遅すぎる――舎利弗(しゃりほつ)は胸騒ぎを抑えることができませんでした。僧坊で、友・目連(もくれん)の帰りを待っていたのです。もうとっくに帰ってきてもおかしくない時間なのに、目連は姿を見せません。

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法華経のこころ(7)

人間の生き方の究極の境地が示された法華三部経――。経典に記された一節を挙げ、それにまつわる社会事象や、それぞれの心に思い浮かんだ体験、気づきを紹介する。今回は、「普賢菩薩勧発品」「序品」から。

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新・仏典物語――釈尊の弟子たち(9)

子だくさんのソーナー

若い尼僧たちにまじってコツコツと修行に励む一人の老女がいました。高齢であるため目立ちましたが、修行僧としては一目置かれる存在ではありませんでした。むしろ、同僚たちから軽んじられている気配もありました。「子だくさんのソーナー」。そう呼ばれていましたが、愛称というよりもそこにはやや軽蔑の響きがこもっていました。

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えっ、これも仏教語!?(14) 【ばか】馬鹿

【ばか】馬鹿

「馬と鹿を間違うような愚か者」というこじつけの語源説もあるようですが、実はサンスクリット語のモハ(無知、迷いの意味)の音写です。仏教辞典では「馬鹿」は、愚かの意味だと説明されています。

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法華経のこころ(6)

人間の生き方の究極の境地が示された法華三部経――。経典に記された一節を挙げ、それにまつわる社会事象や、それぞれの心に思い浮かんだ体験、気づきを紹介する。

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新・仏典物語――釈尊の弟子たち(8)

サイの角のごとく、ただひとり歩め!

その日、ラージャガハ(王舎城)の街は、お祭りで朝早くからにぎわっていました。

托鉢(たくはつ)を終えたマハーカッサパ(摩訶迦葉=まかかしょう)は、人ごみの中に忘れられない、いや、忘れてはならない女性の顔を見つけました。バッダー・カピラーニー。カッサパのかつての妻で、十二年間ともに暮らし、その後、それぞれが修道の旅に出るため家を捨て別れたのでした。

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えっ、これも仏教語!?(13) 【しゃり】舎利

【しゃり】舎利

サンスクリット語のシャリーラの音写で、遺骨のことです。

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