新・仏典物語――釈尊の弟子たち(22)

父祖の思い

急ぎ、謁見(えっけん)の間へ参れ――王から呼び出され王宮の広い部屋に入ると、釈尊が椅子に腰を下ろされていました。その傍らに釈尊の父である王も立っていました。二人に歩み寄ると、ウパーリ(優婆離=うばり)は王に命ぜられました。「さあ、世尊の髪を整えてさしあげよ」。

整髪が終わろうとする頃、ウパーリは釈尊から話し掛けられました。「父上は、どうされている?」。「父は、亡くなりました」。「そうであったか……。私が城を出るまで父上にはよく髪を結ってもらったものだ。その時は労(ねぎら)いの言葉も掛けてやらず、ずいぶん無礼なことをしてしまった……」。王族の人間からこのように語り掛けられるのは初めてでした。理髪師として宮廷に仕えていましたが、その身分は低く、人として接してもらえることなどなかったからです。髪形が気に入らなければ罵(ののし)られ、たとえ理不尽なことであっても、ただただ平伏し、怒りの嵐が頭上を過ぎ去っていくのを待つしかありませんでした。蔑(さげす)みの眼差(まなざ)しにも慣れていました。父も祖父もそのようにして耐えてきたのでした。

整髪を終え、広間を退出するウパーリの胸に突き上げてくる思いがありました。「人として生きてみたい……」。

釈尊と会って以来、ウパーリは宮廷の庭をぶらつくことが多くなりました。その日も庭の石に腰を下ろしぼんやりしていると、釈尊の高弟であるサーリプッタ(舎利弗=しゃりほつ)に声を掛けられました。二人はしばらく話し込んでいましたが、やがて立ち上がりました。連れ立って、釈尊のもとに赴くことにしたのです。

釈尊と言葉を交わす中でウパーリは意外な質問を受けました。「ウパーリ、そなたは父上を尊敬しているか?」。「ハッ、ハイ。私に理髪の技術をたたき込んでくれました。厳しい父でした。そして辛抱強い人でした。宮廷に出仕するようになって、父の気持ちが少し分かるようになりました」。その答えを聞かれた釈尊は、同席していたサーリプッタにほほ笑まれました。釈尊の心を察したサーリプッタはウパーリに語り掛けました。その言葉は、思いもかけないものでした。

「私たちと一緒に世尊のもとで生きてみないか? 出家しても、蔑まれ、卑しめられることはあるかもしれない。それに耐えていけるのならば、世尊と共に生きてみないか……誇り高き、理髪師の息子よ」

(仏本行集経 有部毘奈耶破僧事より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています

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