清水寺に伝わる「おもてなし」の心(1) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

2015年3月に来日したミシェル・オバマ元米大統領夫人(左から2人目)、キャロライン・ケネディ元駐日米大使(同3人目)と長男のジャック・シュロスバーク氏を案内する大西師

留学中の出会い

同僚四人の歩んできた道のりはそれぞれ違う。誰かに指示を受けた訳ではない。中でも私は寄り道が多かったように思う。大学では社会心理を専攻し宗教とは無縁であったし、決して褒められた学生ではなく、むしろアルバイトをはじめとする社会経験を重視してきた。なんとか4年で卒業したものの、そのまま帰山する事に漠然とした違和感や葛藤があった。おそらく寺に自身の明確な仏縁が見つかるという確信が持てなかったからだろう。そんな中、有り難くも周囲の理解を預かり、アメリカ留学の機会に恵まれた。人に誇れるような向学意欲や宗教的研究意図があった訳ではなかったが、心を整理し、語学の習得のみならず、余計な先入観を外す貴重な時間となった。多くの良縁に恵まれた中、特に印象的な出会いがあった。

サンフランシスコにいた頃、友人に連れられてキリスト教会に行く機会があった。そこで祈りを捧げている女性宣教師を見て、なぜか分からないが惹(ひ)きつけられるものを感じ、どうしても話をしたくなった。諸々伺うと、布教のため、これまで多くの国々を訪れたという。当時、粗削りな好奇心がむき出しであった私は、その方に「これまでで、どの国が一番良かったか」と、今思うと大変恥ずかしい質問をしてしまった。そんな稚拙な問いに対して彼女はとても穏やかな表情で、また丁寧に言葉を選びながら「自分は神の導きに従うままであり、だからこそ全ての国が自身にとって一番」と返してくれた。

おそらく異なる文化や習慣にぶつかり、その中で自身の使命を果たす苦労は並々ならぬものがあったと想像する。そんな苦労を一切ひけらかさず、自身の私利私欲を離れ、あくまでも神仏の導きに身を委ねるという揺るぎないその言葉はとても美しく、力強く感じたことを今でもはっきり覚えている。同時に、これまで抱えていた自身の現実や未来への漠然とした葛藤が、非常に小さいものと思い知らされた気がした。

我々は日々、大小さまざまな選択を迫られる。当然、自分にとって少しでも最善の正解を選択しようとするが、その選択が正解かどうかは、本当は選択後の尽力次第であるはずだ。過去の一切は今と未来において真の意義が導かれる。つまり、自身が成した行為、起こった出来事そのものを変えることは不可能だが、今とこれから次第で、過去の持つ意味は変えられるのではなかろうか。少なくとも当時の自分にはそう感じるに余りある出会いであった。ただ目の前の仏縁を受け入れる、そしてその選択の善し悪しは未来にかかっている――こう思えて初めて心より帰山を決意した。

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