『清水寺に伝わる「おもてなし」の心』(1) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

年間を通じ、国内外から多くの参拝者が訪れる清水寺。仏との結縁や平和な心の醸成を願い、大西師は日々、一期一会の出会いを大切にし、境内の案内を勤める(写真=筆者提供)

清水寺での日々

「どうして和尚をしているのか」。今まで度々尋ねられた質問の一つだ。

寺務所職員によるお茶とお菓子の接待が整うと、それからが境内案内役としての自分の出番となる。案内役は簡単なようで難しい。来賓が待つ迎賓室へ向かう時に独特の緊張感がある。その時お目にかかる方々のほとんどが初対面であるからだ。

高野山での加行(けぎょう)を終え、寺で勤め始めて以来、これまで数えられないほど果たしているはずの役目ではあるが、迎賓室内の景色は毎回違って見える。最初の5分間が最も長く感じる。その間に彼らのここに至るまでのスケジュールや疲れ具合、関心の対象や期待値、求められる距離感、複数での場合は互いの人間関係等を会話しながらできる限り観察する。そうした観察のもと、これまでの自身の経験、培った引き出しを総動員して案内を勤める。

信仰の入口を担当する責務を担う当山には日々、国内外のさまざまな方が参拝される。私だけでもおそらく年間1000人以上は案内しているであろう。全ては参拝者に一時の喜びを感じ、改めて自身と向き合う縁、宗教体験の導入の機会を持って頂くためであり、さらには彼らの心から始まる、小さな平和への種まきにつながるようにという私の願いが原点にある。

和尚をしている理由を尋ねられるのは、往々にして“察しの文化”が日本ほど無い海外からの参拝者によるものだ。昨今では世襲への驚きは以前ほど無く、比較的に理解されることが多い。奈良興福寺より大正3年に晋山した清水寺中興開山大西良慶(りょうけい)和上より、私で三世代目になる。今日、山内には住職森清範はじめ八人の僧職がいて、そのうち、私と同世代が三人いる。我々四人は僧職の入門となる得度の仏縁を共にしたので、同僚となる。同じ規模の社寺に比べ人数は少ないが、当山のような特徴を持つ寺ではむしろ少数が長所となると考える。

「歴史的文化遺産」と「現在進行形仏教寺院」という二つの働きが基軸である当山では、不特定多数の参拝者からの浄財は、預かった善意であり、これらを社会に還元する責任があると考える。医療、福祉、芸術芸能、伝統文化への支援、多様な社会活動への取り組みに努めている。少数なればこそ迅速な決断や対応が可能となる。

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