清水寺に伝わる「おもてなし」の心(10) 写真・文 大西英玄(北法相宗音羽山清水寺執事補)

清水寺では、企業やNPO法人、福祉団体などと協力し、社会貢献活動に力を注いでいる。毎年10月には、乳がんの早期発見・治療を啓発する「ピンクリボン運動」の一環として、境内をピンク色にライトアップしている

長い時間軸での継承と循環

「清水の舞台から飛び降りる」

寛永10(1633)年の再建以来、1694年から1864年の間に200件以上の飛び降りがあったそうである。そんなことわざで知られる当山本堂舞台。その床板修復落慶を12月初めに迎える。平成20年から続いた境内にある大小11の諸堂の解体、半解体、彩色復元工事がようやく、無事に完成する。

歴史的文化遺産と現在進行形の仏教寺院という二つの働きを基軸としている以上、参拝者をお迎えし続けながら同時進行で工事を執り行ってきた。その両立のために並々ならぬご尽力を頂いた全ての関係各位に、深い敬意と感謝の念でいっぱいだ。

10年以上もの間、どこかで必ず工事が行われていた。できる限りの善処をはかってきたつもりだが、参拝者の不便を慮(おもんぱか)ると、やはり心苦しいものがある。しかし、別の角度から眺めると、こうした修復工事によって歴史が継承されてきたと知って頂く絶好の機会でもあり、参拝者に丁寧に説明を重ねるとともに理解を願うばかりだ。

過去の思いに今を加え、未来に継承する。まさに我々にとって大きな責任の一つであるが、その根底には過去への深い感謝があるべきだ。つまり過去に種をまいて頂いたものが今、花を咲かせている。その恩恵にあずかる以上、過去に対して誠の感謝の念を覚えるはずだ。

こうして人の思いとは時の流れとともに直線的に未来に向かって流れるだけでなく、過去へも循環している。当たり前ではあるが、この大きな循環の中に、我々もその歯車の一端としてあるという認識だけでなく、具体的な行動をも伴う必要がある。

幸い、今回の大工事において、必要な資材を賄うことがかなったものの、今後はおそらく厳しくなるだろう。当山では京都の北部にある花背、京北、舞鶴の三地域にそれぞれ山を管理し、未来の資材になり得ることを願って、ヒノキやケヤキを数千本植樹している。200年、300年後、この中で100本に1本でも諸堂を支える柱になれば――そんな長い時間軸でのプロジェクトであるが、過去への感謝のもと、未来への責任の一端を果たさんとする当山の行動の一つである。

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