「法師品」の一節に、「衆生(しゅじょう)を愍(あわれ)むが故(ゆえ)に此(こ)の人間(にんげん)に生(しょう)ずるなり」とあります。つまりみなさんは、貪欲や憎悪や嫉妬(しっと)などによって苦しんでいる人たちを哀れと思って、「あの人たちを救いたい」という慈悲心を胸に抱いてこの世に生まれてきたのです。表面の意識では「私は凡夫に過ぎない」と思っていても、法華経に会い得たという事実において、そういう尊い使命をもっていることが保証されているのです。
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自分という存在の根本を見つめることを忘れていると、意義ある人生を送ることができず、「ほんとうの幸せ」をつかむことはできないと、私は思います。
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仏さまは、私たちに慈悲の心を起こさしめるため、いろいろな現象を見せてくださいます。思いがけない苦難に対しても、「自分のいたらないところを悟らせてくれるもの」とありがたく受けとめ、反省すると、現象の善悪にとらわれない心境に変わります。苦難が、向上の糸口となるご縁として生かされるのです。
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立正佼成会では、法座や道場当番など、すべての修行で感謝の心を学んでいきます。それが生活に生かされ、仏さまの「智慧(ちえ)」と「慈悲」のなかに生かされていることを知ると、もう、じっとしてはいられません。心には、「人さまに喜ばれることをしたい」という気持ちが猛然と湧きあがってきます。そして、「一食を捧げる運動」や「アフリカへ毛布をおくる運動」などの布施行を率先して実践するようになって、その姿に大勢の人が共感を寄せてくださり、運動の輪が広がっていくのです。
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お釈迦さまの初期のお言葉を集めた経典「法句経(ほっくぎょう)」に「ひとの生(しょう)を/うくるはかたく/やがて死すべきものの/いま生命(いのち)あるはありがたし」(友松圓諦=えんたい=師訳)という、有名な一節があります。
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生活のなかで常に仏さまに見守られているためには、何ごとにも「教えていただく」という気持ちを忘れないことです。すると、立ち居振る舞いにも謙虚さがにじみ出て、大切なことをおのずと身につけることができるのです。
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仏さまの教えを学ぶということは、生活のなかで教えを実行することです。そして、さまざまなできごとを素直に見聞きしていくことです。すると、ラジオを聞いたりテレビを見たり、新聞や雑誌を読んだりしてふれる話題や、多くの方にお会いして聞かせてもらう話が、すべて仏さまの説法と思えてきます。
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仏さまを信じて仰ぐ心は、「法」に帰依(きえ)する心を深めていきます。そして、実生活に「法」を生かしていくなかで、その心が大きくはぐくまれていきます。
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