法話

唯仏与仏(69) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

大乗仏教では「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という考え方で、「煩悩」があるから「菩提」を求め、救いの世界、悟りの境界に達することができる、と教えています。

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立正佼成会 庭野日鑛会長 1、2月の法話から

1、2月に大聖堂で行われた式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)

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唯仏与仏(68) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

在家の生活では、さまざまな出会いのなかで愛着心や欲望にとらわれることが多々あります。自分の才覚だけで仏道を歩もうとしても、間違った方向に進まないともかぎりません。自分中心の狭い見方では、まわりが見えなくなって、とんでもない横道に入りこんでしまうこともあるものです。

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唯仏与仏(67) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私たちの心は、目の前のできごとによって常に一喜一憂します。出会う相手という「縁」によって、素直に「仏心」を出せることもあれば、地獄のような心になってしまうこともあります。

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唯仏与仏(66) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

お釈迦さまが悟られた「法」の中心は、すべてのものごとが一瞬一瞬に変化していく(諸行無常=しょぎょうむじょう)ということと、この世に孤立して存在するものは何一つなく、互いにもちつもたれつの関係にある(諸法無我=しょほうむが)ということです。

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唯仏与仏(65) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私はよく、「信仰しないよりも、信仰しているほうが楽ですよ」といいます。「信仰」というと、何か、縛られるように思う人もいるかと思います。ところが、仏さまにささげる気持ちになってしまうと、束縛がまったくないのです。つまり、縛りがほどけているから「ほとけ」というくらいで、仏さまは自由自在な心を授けてくださるのです。

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唯仏与仏(64) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私は、大聖堂での会員さんの体験説法をいつも聞かせてもらいますが、最初のうちは「こんなに苦しい状態で、どうやって救われていくのだろうか」と思う話もしばしばあります。ところが、話が進んでいくと、先輩から教えられたとおりに自分が心を切り替えて、相手の気持ちを思いやって、相手の喜びを考えて行動するようにしたら、家庭が円満になったり、事業が発展したりというように、その人が抱えていた「苦」が解決するだけでなく、「苦」そのものに感謝できる心になっていくことが多いのです。

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唯仏与仏(63) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

お釈迦さまが「人生は苦なり」とおっしゃっているように、私たちの人生に「苦」はつきものです。経済的な苦しみもあれば、人間関係での悩みもあり、体のどこかが激しく痛むといった「苦」もあります。そういうさまざまな「苦」を乗り越える秘訣は、喜びの心をもつことです。いつも喜びの心で行動していると、喜びが喜びを呼んで、すべてがありがたくなっていくのです。

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立正佼成会 庭野日鑛会長 11、12月の法話から

昨年11、12月に大聖堂で行われた式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)

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唯仏与仏(62) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

法華経の「譬諭品」にも、「諸(もろもろ)の患難(げんなん)多(おお)し」と説かれていますが、この世界は困難な問題が次々に起こるようになっています。ですから苦労が多いはずなのに、よくよく自分をふり返ってみると、むしろ恵まれた状態にあることのほうが多いのに気づくことでしょう。

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