「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(25)最終回 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

社会にとっての文学の必要性は?

中国の友人の話によると、日本語科のある大学は中国全土で約600校あり、毎年、約3万人の日本語修得者が日系企業だけでなく公務員や銀行員、航空会社の社員などに就職しているという。そのようなバックグラウンドがあっての中国における日本文学研究の深まりがある。知り合いの在日朝鮮人文学の研究者によると、韓国における日本文学研究も中国と同じような状況にあるという。かつてはアメリカやフランス、イタリアなどの欧米が中心だった日本文学の研究が、今や、やすやすと国境を超え、中国や韓国で驚くべき進展を遂げているのが現実である。

そんな外国における日本文学研究の現状を知るにつけ、現在の日本における文学状況はどうなっているのかを顧みた時、私は「貧寒」とした思いを禁じ得ない。私は大江健三郎がノーベル文学賞を受賞した時(1994年)、筑波大学で教養科目の「現代文学を読む」を担当していたのだが、受講していた百数十名の学生に大江作品の読書歴を聞いたところ、「たった一人」しか手を挙げなかった現実に、愕然(がくぜん)としたことを思い出す。この時、東京新聞から大江の受賞記念講演への長いコメントを求められたこともあって、心に強く残る出来事だった。

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