心の悠遠――現代社会と瞑想(6) 写真・文 松原正樹(臨済宗妙心寺派佛母寺住職)

いま、私たちの心はひとつです

ニューヨーク州はアメリカの人権の歴史を語る上で大事な場所の一つでもある。特にオーバーンという都市は、奴隷制度廃止運動家ハリエット・タブマン(1821―1913)や、エイブラハム・リンカーンと大統領選挙で争い、後に国務長官を務め、奴隷制度に強く反対したウィリアム・スワード(1801―1872)を輩出した歴史的場所だ。タブマンは「地下鉄道」(アンダーグラウンド・レールロード)と呼ばれるアメリカ北部やカナダへ黒人奴隷を逃亡させた秘密結社の指導者の一人である。彼女は言う、「私は一度も列車を脱線させなかったし、乗客を失う事もなかった」と。この「救う」という強い信念のもと、多くの奴隷を解放した。スワードの臨終の際には、タブマンが一番最初に来たという。私たちはフリータウンという町も訪れた。町の名前がそのままその意味を語っている。ここは「地下鉄道」の「駅」と呼ばれた場所で、奴隷はこのような停止地点ごとに違う人々の補助を借りて目的地まで進んだのである。ここは山の中にあり、深い雪で囲まれ、周りには全く何もない所である。タブマンもここへ何度も来たのだろうか。今では誰も使ってはいないが、この町で一番古い1833年創立のメソジスト教会の前に立った時、私は自然と四弘誓願(しぐせいがん)を唱えていた。

オーバーンの後は、シラキュースを訪れた。この辺りはネイティブアメリカンのオノンダーガ族の人々が住んでいた所で、今でもその子孫たちがいる。ここで彼らの子孫にあたる方々からたくさんのことを教えて頂いた。その中で、一番私の心に残っているのが、彼らの「感謝のことば」、つまり、大自然という大いなるいのちに敬意と感謝を唱える言葉である。まずは、「人々」に捧げる――「私たちは、生きとし生けるものすべてと互いに調和とバランスを保つことによって生かされています。この生命の輪を絶やさず今日ともにここに集い、喜びを分かち合えることに、感謝のことばをささげます。いま、私たちの心はひとつです」と。そして、母なる地球、水、魚、植物、畑の作物、動物たち、太陽、月、星など、あらゆるものに対して感謝の言葉を唱える。そして、最後に、このように締めくくる――「終わりに、もし不用意にもこの場で語り残したことがあれば、一人ひとりの心のなかで、それを思い浮かべ感謝のことばをささげます。いま、私たちの心はひとつです」と。まさに、厳しい自然との共存の中で生き抜いたオノンダーガの人々の生きた教えであり、知恵である。

タブマンも、オノンダーガの人々も、今、私たちに問い掛けている。心の平穏を求め、より平和な社会の創造、そして、より平和な世界の創造を願っている。そのためには、まず、「いま、私たちの心はひとつです」と、一人ひとりに相手を思いやる心が大切であると。

プロフィル

まつばら・まさき 1973年、東京都生まれ。『般若心経入門』(祥伝社黄金文庫)の著者で名僧の松原泰道師を祖父に、松原哲明師を父に持つ。現在、米・コーネル大学東アジア研究所研究員、ブラウン大学瞑想学研究員を務める。千葉・富津市の臨済宗妙心寺派佛母寺住職。米国と日本を行き来しながら、国内外への仏教伝道活動を広く実施している。著書に『心配事がスッと消える禅の習慣』(アスコム)。

【あわせて読みたい――関連記事】
心の悠遠――現代社会と瞑想