利害を超えて現代と向き合う

『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(7) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

市民宗教とはなにか?〔1〕

かつて、多くの宗教の究極の夢は、国家や世界全体にその教えを広めて宗教国家をつくり、理想世界を実現することだった。日本でも古くは、聖徳太子が十七条憲法をつくって、仏教を中心に据えた国家の理想を示したとされている。近代国家では、憲法で国教を定めることは許されないから、このようなビジョンを掲げることは難しい。それに代わる公共的理想はありうるだろうか?

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『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(6) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

祈りの月における公共的な宗教協力

8月は日本人にとって共に祈る時期だ。伝統的なお盆があり、戦後には二つの原爆の日と終戦記念日が加わった。そこで、先祖の供養と戦没者の慰霊を行う月となったのだ。日本人はしばしば集って家族を考え、広くは戦争と平和の問題に思いを致して、一家の繁栄と日本や世界の平和を祈念する。家族と国民というコミュニティーの一員として祈るのだ。

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『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(5) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

(前編はこちらから)

宗教における対話の重要性(後編)

「キリストや仏陀(ブッダ)も対話によって教えを説いた」と言うと、仏陀だからこそ対機説法ができたのだと反論する人がいる。凡人たる私たちにはそれは無理だから、決まった内容を話すことしかできない、というのだ。

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『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(4) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

宗教における対話の重要性(前編)

公共的な活動をする際に不可欠なのが、対話である。前回に書いたように、「共謀罪」法が危険な理由の一つは、話し合いをしただけで「共謀」とみなされてしまう危険性があるからだ。実際に参議院の審議では、環境保護や人権保護を標榜(ひょうぼう)している団体でも、それらを隠れ蓑(みの)にしている場合には処罰されうると、法務大臣が答弁した。宗教を掲げている団体も同じように対象となりうるわけだ。対話が大事な宗教団体にとって、これは由々しき問題だ。

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『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(3) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

「共謀罪」は宗教にとって何を意味するか?

前回まで、現代では宗教が政治的発言をしたり公共的な役割を果たしたりすることが望ましいと論じた。今の国会では、いわゆる「共謀罪」法案(組織的犯罪処罰法改正案)が審議されているから、この観点から具体的に考えてみよう。

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『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(2) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

公共的な宗教とは?

これからの宗教は、社会や政治に積極的に働きかけることが望ましい。そのためには公共性が大事だ――私はそう考えるのだが、そもそも「公共」とはどのような意味だろうか? 辞書では「社会一般、おおやけ」(広辞苑)というように説明がある。一人ではなく多くの人々に関わるわけだ。

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『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(1) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

なぜ宗教が社会や政治に関わるべきなのか?

今日における宗教の役割とはどのようなものだろうか? まずは、良い生き方を教え、人々を導いたり救ったりすることが頭に浮かぶだろう。宗教である以上、これは不可欠だ。では、政治や社会に対して働きかけることは宗教の果たすべき努めだろうか?

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