利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(70) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

寿げない新年

今年ほど、「あけましておめでとうございます」と言って新春を寿(ことほ)ぎたいと思ったことはない。なぜなら、当然に思っていたその祝辞を素直に言うことができないからだ。

個人的に今は喪中なので恒例の年賀状も書かなかったし、新年のあいさつでも祝いの言葉は避けている。しかしそれだけではない。日本全体に希望が少なく、逆に憂うるべきことが年末から急速に起こっているからだ。

その気分の暗さは、例えて言えば、安倍晋三元首相の国葬を行ってしまったがゆえに、日本中がまだ「喪中」のようなのだ。

新しい「戦前」?

今年はどのような年になるのだろうか? このような問いが年初にはよく聞かれるが、芸人のタモリがテレビ「徹子の部屋」(昨年12月28日放送)で、2023年について問われて「誰も予想できない」としつつも、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えたことが話題になっている。さすがに鋭い直感力と表現力だ、と感じた。

内閣は年末に秋葉賢也復興大臣と杉田水脈(みお)総務大臣政務官を更迭した。10月以降、4人が閣僚辞任をしたことになり、辞任ドミノが起こっていて、内閣支持率も30%くらいで低迷を続けている。円安による物価の高騰も続き、11月分の実質賃金は昨年同月比3.8%減となった。消費増税直後以来、8年6カ月ぶりの下げ幅だ。ついに日本銀行の金融超緩和策は修正に追い込まれて、突然、12月20日に政策変更を行った(長期金利の変動上限を0.25%から0.5%に引き上げ)。でも、これで事態が収まるわけではないだろう。今年、日銀総裁は交代し、さらに政策変更を迫られると予想される。

社会的には軽視されているが、コロナの第8波の被害も想像を上回っている。WHO(世界保健機関)によると、日本は年末年始でも世界最多の週間感染者数であり(94万6130人)、さらに死者数も先月から1月14日までの1カ月半の間で1万2629人に急増し、日ごとの人数でも過去最多となってしまった(1月14日現在、全国で503人)。感染状況については、全数把握をやめて昨年9月から集計方式を変更してしまったから、その実態は分からなくなってしまっているが、死者数は深刻さを冷厳に物語っている。医療界が夙(つと)に苦境を訴えているのに、メディアは十分に報じず、政府は何の対策も取らないに等しい。

しかも岸田政権は昨年末の12月22日、第5回GX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議で、既存原発の運転期間についての追加延長、原発の建て替え、次世代型原子炉の開発・建設などを認める方針を打ち出した。原子力政策を大転換して、原発活用・推進へと、原子力政策を大転換しようとするものだ。

そして最大の問題は、閣議決定で決められた軍拡と安保3文書改定だ。岸田文雄首相は、軍事費支出を2027年までにGDP2%へと倍増するという方針のもとで、2023年度から5年間で総額を43兆円程度と1.6倍にするとした(12月16日)。まずは建設国債によって賄うとされ、将来は増税が想定されている。これらが、さらに国民生活を圧迫することは言うまでもない。

平和主義の実質的放棄

この軍事政策の歴史的意味を私たちは明晰(めいせき)に捉えておく必要がある。量的に、世界3位へと軍事費が増大することだけが問題なのではない。その核心は、敵基地攻撃能力を保有し、日本が事実上は先制攻撃を行えるようになるということだ。これは、端的に、戦後日本の国是であった専守防衛を放棄することを意味している。

この点では、この政策転換は、2015年の安倍内閣による安保法制に続く重要性を持つ。安保法制により集団的自衛権を行使できるようにし、今度は敵基地を先制攻撃できるようにした。憲法により、これらを禁じていた平和主義の形骸化と実質的終焉(しゅうえん)がさらに進んだわけである。このような重要な政策決定に際して、国会審議すらしなかったのだから、民主主義の軽視も極まっている。

この軍拡は、アメリカの要求に応えて武器を大量に購入するとともに、周辺諸国との軍拡競争を促進し、緊張感を高めて戦争の危険を増大させる。台湾「有事」などに備えて戦争の準備を本格的に始めることになる。ここから実際の「開戦」へと展開していっても、何も不思議はない。タモリの直感が鋭い所以(ゆえん)である。

今年の希望は?

それでは、希望はないのだろうか。できれば、上記はまだ「喪中」の出来事だと考えたいところだ。岸田内閣は、コロナ対策に関しては安倍内閣以来の無為無策を続けており、国家としての機能を放棄している。他方で、軍事化に関しては、安倍氏が死の直前で訴えていた防衛費GDP2%増へという方針をそのまま現実化している。世界平和統一家庭連合(旧統一協会)問題も、実効性が不十分な被害者救済法を作っただけで、それ以上の方策は行われておらず、抜本的な日本政治の浄化はもちろん起こっていない。

よって、現内閣はまさしく安倍政治をそのまま実行していることになる。三国志で「死せる孔明、生ける仲達を走らす」という故事がある。すでに死んだ孔明の策を恐れて、対立している敵将(司馬仲達)が撤退したことを意味している。状況は違うものの、あたかも「死せる安倍氏が、生ける岸田氏を走らせている」かのようだ。安倍氏の亡霊に取りつかれているような異様な政治としか言いようがない。

「喪」が明ける時、日本政治は新しいステージに移行できるのだろうか? それとも、このまま生活苦と紛争へと突入していってしまうのだろうか。これが今年、日本人に問われている最大の問いである。

これまでの政治の悪しき遺産を清算し、カルト的ないし全体主義的政治を浄化して、政治的美徳や民主主義を再生する。軍拡を中止して外交的協調と平和主義を再生し、経済政策を一新して、人々の幸福感(ウェルビーイング)を高める――そういう希望の物語をぜひ新年中に見たいものである。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

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