気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(45) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

ここには知らない人はいません。いるのは初めて会った親戚だけです

「トートカティン」と呼ばれる仏教行事がある。僧侶が身にまとう衣を在家者が献上する儀式だ。僧侶たちがこもって修行する安居(あんご)の期間が明けた後の1カ月間に、各寺で行われる。タイ語で「トート」は「置いて捧げる」、「カティン」は「僧衣」という意味だ。

ブッダ在世中、衣は貴重品で、僧侶が打ち捨てられたボロ布を拾い、自ら継ぎはぎして糞掃衣(ふんぞうえ)を作っていたという。しかし、後にブッダは、3カ月の安居期間を終えたばかりの僧侶たちに直接、在家者から僧衣の献上を受ける機会を認めた。在家者にとっては、修行に取り組む僧侶への物心両面の応援でもある。僧侶と在家者の支え合う関係性が最も象徴的に表されるのがこのトートカティンなのだ。

この儀式が先日、私の住む瞑想(めいそう)修行場「ウィリヤダンマ・アシュラム」でも行われた。普段は静かなこのアシュラムだが、この日だけは雰囲気が変わる。多くの人が集う、年に1回のイベントだ。今年は新型コロナウィルスの感染予防対策をしながら集うことになったが、例年とほぼ同じ200人以上の方が参加した。

メインの儀式は、在家者が僧侶に僧衣を捧げる場面。しかし、在家者が楽しみにしているのはそれだけではない。その前に行われる「ローンターン」(有志が屋台で料理を作り、無料で食事を振る舞うこと)である。雰囲気は、出店でにぎわう神社の縁日のよう。ただ、食事の代金を支払う必要はない。もちろんその分をお布施する方もいらっしゃるが、それは各人の自由だ。

有志が屋台で食事を無料で振る舞う「ローンターン」

老若男女、それぞれが屋台のメニューから好きなものを頂いておなかを満たす。その場で長らく会わなかった友人知人に再会することも珍しくなく、場は盛り上がりを見せる。特に今年は、コロナの影響で外出が制限された期間があったので、再会をひときわ喜ぶ姿があちらこちらで見られた。

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