気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(52)最終回 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

タイ移住生活5年間を振り返って(後編) いのちに触れて、いのちを生き直す

タイの地方に家族で移住し、自然の恵みをダイレクトに感じられる環境の中で、私自身の生活も大きく変化していった。前回に続き、移住生活5年間の振り返りを、この連載の最後に記しておきたいと思う。

移住当初は、それまでの生活との違いに戸惑い、不便だと感じて不満を抱いていた。しかし、だんだんとその違いを楽しんでみようという気持ちに変化し、心に余裕が生まれた。そう感じられるようになったのは、やはり一緒に生活している家族の存在が大きかった。

夫のホームさんは田舎育ちで、幼い頃から両親が農業をしている様子を見てきた人だ。タイでは畑の一角に、農作業中に一休みできるような掘っ建て小屋を作り、そこで休憩を取りながら農業を営んでいる人が多い。ホームさんは幼い頃、父親が作ったその小屋で横になったり、夜、その小屋で、いとこたちと一緒に星を眺めたりするのが大好きだったという。また、森の中を探検し、木にハチの巣があるのを見つけて採取し、生のハチミツを頬張るのが楽しみだったことを、移住前、よく語っていた。そして実際、そんな暮らしが再びこの移住生活によって、できるようになったのだ。

アシュラムの朝食はバイキング形式。地域の人々から捧げられたものだ

大学講師だった時の彼の仕事は、仏教や英語の知識を基に教えるというものだった。しかし、田舎の生活では、家を一から手作りし、さらに机や椅子を竹で作り、息子の遊び道具としてブランコまで作るようになった。料理はほとんどしたことがなかったけれど、ソムタム(パパイヤサラダ)、畑の採れたて野菜をふんだんに使ったゲーン(スープ)、プララーと呼ばれる発酵させたタイの味噌(みそ)でナムプリック(ディップ)を作ることなどが彼の日課になった。彼が作るタイ料理と私が作る日本料理。私たちはこれらを毎朝、アシュラム(瞑想=めいそう=修行場)で修行する僧侶たちに捧げている。とても好評で、日々の励みになっている。

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