宗教的な聖地でアニメコンテンツを追体験

この痛絵馬奉納の特徴的な事例の一つとして、茨城県の大洗磯前神社（おおあらいいそさきじんじゃ）が挙げられる。同社では、『日本文徳天皇実録（にほんもんとくてんのうじつろく）』に斉衡（さいこう）三（八五六）年に鎮座したことが記され、大己貴命（おおなむちのみこと）、少彦名命（すくなひこなのみこと）を祀（まつ）る古社である。同社では初詣の時期になると、神社の拝殿の横に大絵馬が二つ据え置かれる。その一つとして、２０１２年から１３年にかけて放映されたアニメ『ガールズ＆パンツァー』（ガルパン）のキャラクターが描かれた大絵馬が毎年掲げられている。大洗町は海岸沿いにある神磯の鳥居はもとより、大洗水族館やめんたいパークなどのアミューズメント施設があることでも知られる。一見、アニメとは無関係に思えるが、ガルパンは大洗町にあるとされる架空の大洗女子高校に転校した主人公・西住みほを中心に物語が繰り広げられるアニメで、第４話に大洗磯前神社が登場する。ただし、同話の中で重要な場面ではないため、放映直後から数カ月間は痛絵馬の奉納はなかった。

大洗磯前神社の絵馬掛けには、ガルパンのキャラクターが描かれた痛絵馬がたくさん奉納されている

前出の由谷氏の調査によれば、大洗磯前神社への痛絵馬の奉納の嚆矢（こうし）は、埼玉県久喜市の鷲宮神社（わしのみやじんじゃ）にアニメ『らき☆すた』の痛絵馬を奉納したことで知られる茨城県の「拝身朋幸（おがみともゆき）」と、神奈川県の「元住吉の伊藤」という絵馬師が同時期に奉納したことにあるという（前掲書籍）。大洗磯前神社はそもそも大洗町のランドマーク的存在である。ガルパンのファンにとっても作品の舞台となった大洗の市街地を巡礼した後、最後にたどり着く地が同社であり、ファンにとって同社は巡礼の象徴的な地となっている。コロナ禍以前であったが、かつて小生が調査した際、全国各地からファンが訪れるという話を地元の方から伺っただけでなく、聖地巡礼のために名古屋から同社を参詣する方がいた。このファンの参拝による「痛絵馬」の奉納増加に伴って、神社では絵馬掛けを増設。当初は、奉納される痛絵馬の大半に東日本大震災の復興祈願、大洗町の発展が記されていたが、１４年から大洗町商工会の奉納に基づいて、先に述べた「大絵馬」が本年に至るまで継続して掲げられているという次第である。

本年は拝殿向かって左に神社が掲げた虎の大絵馬、右にガルパンの大絵馬が掲げられていたが、その姿は、宗教的な聖地であることはもちろん、アニメのコンテンツを追体験する聖地の一つとして大洗磯前神社が位置づけられている証左とも言える。なお、こうしたコンテンツツーリズムの事例は、大洗に限るものではない。『らき☆すた』の大神輿（おおみこし）も出る鷲宮神社、『ラブライブ！』で知られる東京都千代田区の神田神社（神田明神）、『ひぐらしのなく頃に』の岐阜県白川村の白川八幡神社など多数ある。大洗磯前神社の場合は、ガルパン以外にもオンラインゲーム『艦隊これくしょん』（艦これ）の聖地としても知られており、両者の痛絵馬が共存している。

艦これについては、「那珂（なか）ちゃん」と呼称されている軽巡洋艦那珂を擬人化したキャラクターが登場することによるもので、神社に直接の由来があるわけではない。ただ、ファンにとっては、神社境内に「軍艦那珂忠魂碑」が建立されており、毎年２月に慰霊祭が行われていること、那珂の艦内神社が大洗磯前神社であったことにちなんで聖地化されており、艦これの痛絵馬には、平和を祈念する祈願文が多い。艦これファンによる同社への純粋に平和を祈る痛絵馬と巡礼の増加は、結果的に、遺族の減少によって廃絶寸前だった慰霊祭の継続へと間接的につながることとなった。

人々の平和や幸福を希求する祈りの在り方と神社とのつながり、宗教とコンテンツツーリズムとの関係性から見ても、大洗町が今後も引き続きアニメ聖地の一つとして持続・発展することを祈る次第である。
（写真は全て、筆者提供）

プロフィル

ふじもと・よりお　１９７４年、岡山県生まれ。國學院大學神道文化学部教授。同大學大学院文学研究科神道学専攻博士課程後期修了。博士（神道学）。９７年に神社本庁に奉職。皇學館大学文学部非常勤講師などを経て、２０１１年に國學院大學神道文化学部専任講師となり、１４年より准教授、２２年４月より現職。主な著書に『神道と社会事業の近代史』（弘文堂）、『神社と神様がよ～くわかる本』（秀和システム）、『地域社会をつくる宗教』（編著、明石書店）、『よくわかる皇室制度』（神社新報社）、『鳥居大図鑑』（グラフィック社）、『明治維新と天皇・神社』（錦正社）など。