共生へ――現代に伝える神道のこころ(17) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部教授)

初詣の時期に、大洗磯前神社の拝殿前に据え置かれた大絵馬。大洗町を舞台にしたガルパンと干支の絵柄が、参拝者の目を楽しませる

平和や幸福を希求する人々の祈りの在り方と神社とのつながり

2019年7月19日に劇場公開された新海誠監督の長編アニメーション映画『天気の子』は、公開からわずか75日間で観客動員数1000万人を超えた大ヒット映画として知られる。この映画では、作品中に都内の廃ビルの屋上にある小祠(しょうし)と鳥居、下駄(げた)型の絵馬が神社の「絵馬掛け」に多く掛けられているシーンが登場し、ともに次の場面展開への重要な鍵となっている。

この下駄型の絵馬のモデルとなったのは、東京都杉並区にある高円寺氷川神社の末社、気象神社の絵馬だ。もともとは杉並区高円寺北4丁目(旧馬橋四丁目)にあった陸軍気象部の構内に、1944年4月10日に鎮座した社で、御祭神は八心思比顕命(やごころおもいかねのみこと)=八意思兼命、思金神(おもいかねのかみ)、思兼神とも記す=である。気象部では観測員が日々、科学的な根拠に基づく気象観測から天気予報を出す中で、予報の的中を同社に祈願していたと伝えられている。

日本唯一の気象神社。御祭神の八心思比顕命は、晴・曇・雨・雪・雷・風・霜・霧という八つの気象条件をつかさどるとされている

戦後、気象神社は45年12月15日に出されたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の神道指令によって廃祀となる予定だったが、旧気象部関係者の懇請によって社殿を払い下げ、氷川神社の境内へと遷座した。御祭神の八心思比顕命は、『古事記』本文の冒頭に登場する造化三神(ぞうかさんしん)の一神、高御産巣日神(たかみむすひのかみ。高皇産霊尊)の子とされる。『古事記』では思金神が、須佐之男命(すさのおのみこと)の横暴に耐えかねて天岩屋戸(あまのいわやど)に隠れた天照大御神(あまてらすおおみかみ)を、岩戸から連れ出すために妙案をひねり出し、見事に成功させたことが記されており、その事績から知恵や学問、思慮、開運の神として知られている。気象神社の絵馬は、下駄を飛ばして天気を占った習俗にちなみ下駄型にしたとのこと。参道にある絵馬掛けには、野球や陸上といった野外スポーツや祝い事などで快晴の日を願う人々の祈りが込められているものも多く見られる。先般、気象神社を訪れた際には、『天気の子』の映画公開から約3年が経過したにもかかわらず、いまだに下駄型の絵馬を掛ける若者やカップルらで賑(にぎ)わっていたことに驚いた次第である。

新海監督の映画では作品中に実在の場所が多く描かれ、その中には神社も登場する。2016年8月に公開された『君の名は。』では、主人公の一人である宮水三葉(みやみずみつは)の生家である宮水神社は、岐阜県高山市の日枝神社や飛騨市の気多若宮神社(けたわかみやじんじゃ)がモデルとなった。加えて、主人公の三葉と立花瀧(たちばなたき)が再会するシーンのモデルとなったのは、東京都新宿区にある須賀神社の男坂である。

『天気の子』では前出の気象神社以外にも、東京都中央区銀座の朝日稲荷神社が、ヒロインの天野陽菜(あまのひな)が訪れる廃ビルの屋上にある小祠のモデルとされる。こうした新海監督の作品の舞台となった神社や場所をファンが訪れる参詣行動も見られ、朝日稲荷神社では参拝者が映画公開前と比較して約5倍、気象神社でも約2倍に増加したという(「『天気の子』“聖地巡礼”が人気 参拝客が急増」東京MXテレビニュース、19年10月16日)。新海監督の作品のみならず、近年、実在の地をマンガやアニメ、ドラマ、映画などの作品の舞台やモデルとして用いることも多く、そうした各作品のモデルとなった地を巡ることをファンは「聖地巡礼」と呼称して、巡礼記録をSNSなどに細かく記す事例も見られる。観光学の分野では、アニメやマンガ、映画、キャラクターなどサブカルチャーに関わるコンテンツをきっかけとした旅行行動と、これらを活用した観光振興を「コンテンツツーリズム」と呼んでおり(岡本健著『コンテンツツーリズム研究』、福村出版)、聖地巡礼もその一種だ。観光の新たな形態、分野としても期待が寄せられ、学術的な関心も高まっている。

この「コンテンツツーリズム」の一端として、社寺に参詣し、「痛絵馬(いたえま)」と呼ばれる絵馬を奉納する行動が見られる。宗教民俗学者の由谷裕哉氏によれば、痛絵馬とは特定のアニメ(もしくはマンガ・ゲーム)のキャラクターを絵馬の裏面に奉納者が描画し、社寺に奉納したもののことで、通説ではアニメのキャラクターをラッピングした車をイタリア車にかけて「痛車」と呼ぶことを語源とするという(由谷裕哉・佐藤喜久一郎共著『サブカルチャー聖地巡礼―アニメ聖地と戦国史蹟―』、岩田書院)。

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