共生へ――現代に伝える神道のこころ(19) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部教授)

神奈川・川崎市中原区の春日神社。常緑広葉樹を主に、大小さまざまな草木によって鎮守の森が形成され、地域住民に親しまれている(筆者提供)

御神木のみならず、地域の森林をいかに後世に守り伝えていくか

「鎮守の森」と称される神社を訪れると、田園風景の中にこんもりとした境内林や、大都会のオアシスともなっている明治神宮の森、京都府の賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)の「糺(ただす)の森」など、さまざまな形態が見られる。神社によっては境内に御神木と呼ばれる特定の樹木があり、三峯神社や來宮(きのみや)神社のようにパワースポットとして御利益を求める人々で賑(にぎ)わう例もある。しかし、静岡県掛川市の事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)では、数年前に多くの参拝者が訪れて、樹齢500年ともいわれる御神木の楠(くすのき)に手を触れたことで御神木の幹の樹皮が剥がれたり、ハイヒールなどで木の根を踏みつけて樹勢が弱ったりして、結果、御神木の周囲に柵を設けた事例もある。先に掲げた三峯神社では、とにかく御利益にあやかりたいという一方的な願いだけで御神木にだけ触れ、写真を撮って帰る人々が相次ぎ、貼り紙や立て看板を設けて神社への参拝を喚起したようなケースもある。

御神木といっても、個々の社(やしろ)によって千差万別だ。樹種も神社の由緒や歴史的な経緯によって異なっており、神社によっては楠や杉、檜(ひのき)をはじめ、樫(かし)、樅(もみ)、銀杏(いちょう)、藤など何種類にわたる場合もある。例えば、島根県の出雲大社や広島県の厳島神社の参道に松林が立ち並ぶ光景、全長37キロにおよぶ日光東照宮の杉並木などは、参詣者を出迎える存在であり、神々を祀(まつ)る地にふさわしい厳粛さ、清浄さを醸し出している。

松は、榊(さかき)や杉と同じく神の依代(よりしろ)として丁重に祀られてきたことでも知られる。奈良県の春日大社では藤や榊、竹柏(ちくはく)など神木とされるさまざまな樹木がある中で、かつて一之鳥居を入った参道南側に「影向(ようごう)の松」と呼ばれたクロマツの老木があった。延慶二(一三〇九)年の『春日権現霊験記(かすがごんげんれいげんき)』には、春日の大神が翁(おきな)の姿にて降臨し、この影向の松の上空で萬歳楽(まんざいらく)を舞った姿が描かれている。しかし、残念ながら平成七(一九九五)年に伐採され、現在はその切り株の後方に後継樹となる若松を育樹中である。同社の著名な祭礼の一つである「春日若宮おん祭」では、この松の前で「松の下式」が行われ、猿楽や田楽などの各演目が奉納されるが、能舞台の正面の鏡板に描かれている老松の絵はこの影向の松であると考えられている。

杉や檜は、各地の神社で御神木となっているケースも多い。変わったものでは、「生田の森」で知られる兵庫県神戸市の生田神社の「杉盛」がある。同社では毎年正月に、高さ約3.5メートル、直径1.5メートルの杉の小枝2千本を盛り合わせた「杉盛」を楼門前に飾る。この杉盛は五穀豊穣(ほうじょう)や地域の繁栄などを願う正月飾りの一種で、小正月まで飾られており、一般的にいう門松にあたるものとして考えられている。

また、同社には、「箙(えびら)の梅」と呼ばれる一株の老梅が境内にあるが、これは源平合戦の際に活躍した梶原源太景季(現在放送されているNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場する梶原景時の子)が、この梅の枝を折って箙に挿して奮戦し、武功をなしたことによる名である。同じく源平合戦にちなむものとして、武蔵坊弁慶が源義経の戦勝祈願の代参のため、生田神社に参拝した際に奉納したとされる「弁慶の竹」と呼ばれる竹や、一の谷の合戦で熊谷直実に討たれた平敦盛が愛(め)でたとされる「敦盛の萩」があり、杉以外にも境内に歴史的な事象にちなむ樹木が多い。

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