共生へ――現代に伝える神道のこころ(20) 写真・文 藤本頼生(國學院大學神道文化学部教授)

明治神宮の南参道に積まれている菰樽。力強い筆文字や日本らしい絵柄が参拝者の目を引く

豊かな実りをもたらす神助に感謝 神々と酒との縁に思いを馳せる

水田と里山に囲まれた田園風景が広がる新潟県長岡市の越路地区には、“米どころ新潟”を代表する日本酒「久保田」を醸造する朝日酒造がある。同酒造の仕込み水は、隣接する朝日神社の二の鳥居脇の湧き水「宝水」に連なる地下水脈を使用している。この「宝水」は、県内の醸造元で用いられる仕込み水の中でもとりわけ硬度が低い軟水だ。硬度の低い水は穏やかな発酵を促すため、淡麗かつ辛口の酒に向いており、まさに国内有数の吟醸酒造りに適した宝の水と言えよう。

この御神水が湧き出る朝日神社は、令和四(二〇二二)年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場した朝日(旭)将軍こと、木曽義仲ゆかりの社(やしろ)である。一説によれば、義仲の家来の一人が義仲の死後、越後の地に移り住み、この地を朝日と名付けた。それとともに、同社の鎮座する小高い山を朝日山と称して神社に義仲愛用の太刀を奉納したため、別名を「剣権現」という。加えて、『越路町史』によれば、隣接する朝日寺にも義仲が建てた祈願所、もしくは義仲の死後、巴御前が再建した寺という由緒が残されている。

朝日酒造の軒先に掲げられた杉玉。毎年秋の新酒ができた時に新しいものと付け替えられる。最初は緑色だが、徐々に茶色に変化する

恩師の外山秀一先生のご縁で平成十八(二〇〇六)年に、新社屋の竣工(しゅんこう)直後に朝日酒造に伺ったことがある。その際、社屋の前に杉の葉を束ねて作られた直径40センチほどの球体の「杉玉」が掲げられており、コンクリートの真新しい社屋とも相まって、鮮烈な印象を受けたことを思い出す。昔から造り酒屋といえば、別名「酒林(さかばやし)」とも呼ばれる大きな杉玉が掲出されており、江戸前期から酒屋の目印、あるいは新酒の出来上がりを示す合図として用いられていた。なぜ、杉の葉で作った玉が酒屋の目印となったのかという定説はないが、一説によれば、酒の神としても知られる大物主神(おおものぬしのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)を祀(まつ)る奈良県桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)の御神木が杉で、同社に古くから伝わる神楽「杉の舞」に由来しているという(小泉武夫『日本酒の世界』、講談社学術文庫)。同社では、毎年11月14日に「醸造安全祈願祭(酒まつり)」が斎行され、杉の葉で作った「しるしの杉玉」を全国の酒造・醸造業者に授与している。それゆえ、全国各地の造り酒屋で見かける杉玉はこの「しるしの杉玉」の習わしが伝わったと考えられている。

日本における酒の起源は出雲神話にさかのぼる。『古事記』においては、須佐之男命(すさのおのみこと)が八俣遠呂智(=やまたのおろち。八岐大蛇)を退治するために八塩折(やしおり)の酒(『日本書紀』では「八鹽酒」)を醸(かも)したことでも知られるように、記紀神話には、酒に関わる神々が登場する。新潟の酒の起源も、越の国の沼河比売(ぬまかわひめ。奴奈川姫=ぬなかわひめ)が大国主神(おおくにぬしのかみ)に酒を醸し捧げたことが『古事記』に記されていることに由来する。神々の系譜でいえば、酒解神(さけとけのかみ)と酒解子(さけとけこ)は、大山祇神(=おおやまつみのかみ。大山津見神)とその娘の神阿多都比売(かむあたつひめ)とされており、『日本書紀』では神阿多都比売が神吾田鹿葦津姫(=かむあたかしつひめ。木花開耶姫=このはなのさくやびめ)とされる。書紀の神代下巻には木花開耶姫が「其(そ)の田の稻(いね)を以(もつ)て天甜酒(あめのたむさけ)を醸(か)みて嘗(にいなえ)す」とあり、木花開耶姫が子を産んだ際に天甜酒が醸造されたとある。両神は共に京都の梅宮大社に祀られ、古代より醸造の祖神として崇(あが)められている。

先に掲げた大神神社も酒の神だが、奈良時代末に成立した『万葉集』には、「味酒(うまさけ)」という語が、大神神社とその神体山である三輪山を示す「三輪」にかかる枕詞として、しばしば登場する。御祭神の大物主神(おおものぬしのかみ)は、『日本書紀』の崇神天皇条に、杜氏(とじ)の高橋活日命(たかはしのいくひのみこと)が、天皇に神酒を献じた時に、「此(こ)の神酒(みき)は 我が神酒ならず 倭(やまと)なす 大物主の 醸(か)みし神酒 幾久(いくひさ) 幾久」と歌ったという記述があり、大物主神のご神助によって会心の美酒を造ることができた故事から、酒造りの神として尊崇されている。また、同じく御祭神の少彦名神も『古事記』の神功皇后の御歌(酒楽歌)に「この御酒は 我が御酒ならず 酒(くし)の司(かみ) 常世(とこよ)に坐(いま)す 石立(いわた)たす 少名御神(すくなみかみ)の神壽(かむほ)き……」とある。

また、京都の松尾大社に祀られる大山咋神(おおやまくいのかみ)も酒の神である。松尾大社(まつのおたいしゃ)は、京都盆地の西側に多く居住していたとされる秦氏が文武天皇の勅命によって社殿を創建した社で、特に室町時代以降、「日本第一酒造神」としても尊崇されてきた。現在でも11月に醸造祈願の「上卯祭(じょううさい)」、4月に醸造感謝の「中酉祭(ちゅうゆうさい)」が行われ、京阪神を中心に杜氏や蔵元関係者などの参詣が多い。また、杜氏が同社に詣でて境内に湧き出る「亀の井」から御神水を頂いて仕込み水の一部に混ぜると酒が腐らないとの伝承もある。

【次ページ:日々の祭祀において欠かせない新酒】