心の悠遠――現代社会と瞑想(10) 写真・文 松原正樹(臨済宗妙心寺派佛母寺住職)

縁の中で最善を尽くす

そんな中、私は以下の禅の話を思い出し、最終日まで待って、一緒に坐った知客(しか=僧堂の責任者役)のドウカンさんと典座(てんぞ=僧堂の料理長)のソウハンさんに話した。

盤山という禅僧が町を歩いていると、肉屋で一人の客が店主のおやじに注文を付けていた。「一番いいところの肉をくれ」。すると、おやじは包丁を置き、仁王さんのように怒りながら言い放った。「お客さん、いったいどこに良くない肉があるというのですかい? 全て最高の肉ですよ」。この会話を聞いた盤山は、心の奥底に静かな爆発が起きたのを感じたのだった。

つまり、「良い肉」「悪い肉」というものはない。どの部分もおいしく素晴らしい。これは、私たちにも言えることなのだ。一人ひとりが「最高の肉」であり、「最高の人間性」、つまり、仏性を持っているということを、この話は面白く教えてくれているのである。

ゴータミーの芥子の実の話ではないけれども、私もまたバルディー山禅センターでアメリカの禅修行者の方々と一緒に坐るという、国境を超えた大変貴重な「縁」を頂いた。アメリカの禅修行者と日本の禅僧との出会いというよりはむしろ、純粋に人間同士の素晴らしい、かけがえのない出会いであった。これもまた、私を包む大きな流れ、縁の中にいることである。

私たちがコントロールできない縁に左右されるように、「生きてどうなるか」「人生どうなるか」ということも、不思議でかつパワフルな縁による、コントロールできない流れの中にある。ただただ、この縁に従うのみである。この縁に従いながら、その中でこそ最善を尽くすのだ。この縁に従うことによって、自分は決して一人ではなかったのだ、誰かが必ずサポートしてくれているのだという、人生で大事な気づきを頂けるのである。

プロフィル

まつばら・まさき 1973年、東京都生まれ。『般若心経入門』(祥伝社黄金文庫)の著者で名僧の松原泰道師を祖父に、松原哲明師を父に持つ。現在、米・コーネル大学東アジア研究所研究員、ブラウン大学瞑想学研究員を務める。千葉・富津市の臨済宗妙心寺派佛母寺住職。米国と日本を行き来しながら、国内外への仏教伝道活動を広く実施している。著書に『心配事がスッと消える禅の習慣』(アスコム)。