「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(22)番外編6 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

理想社会の実現を念願した小説

夏堀正元は1925(大正14)年1月、北海道小樽市に小樽地方裁判所判事(後に青森県八戸市の初代公選市長)の息子として生まれる。1950年に早稲田大学を中退後、北海道新聞東京支社(社会部)の記者となって活躍するが、1949年に起きた「三鷹事件」「松川事件」とともに戦後史に大きな転機をもたらした「下山事件」の取材を基に著した『罠』が評判となり、作家としての地位を確保する。以後、1999年に亡くなるまで、「反体制的」(夏堀には『非国民の思想』1994年刊という著書がある)な作風を持った作品を次々と発表する。

『蝦夷国まぼろし』は、そんな夏堀が巨大な江戸幕府という「権力」に逆らって、北海道(函館周辺)の地で、先住民のアイヌと迫害から逃れてきた隠れキリシタン、そして権力の末端に位置する松前藩の下級武士が「対等・平等」な関係の下で、「協同・共生」を願って「桃源郷=ユートピア」を目指す壮大な歴史物語として構想した長編である。本作に対する作者のモチーフは、発表年を見ればすぐ分かるように、バブル経済が弾けてもなお、「経済優先=金権主義的競争原理」が大手を揮(ふる)ってまかり通り、人間=生命がスポイル(損傷)されている社会に対する断固とした「異議申し立て」によって支えられている。

さらにこの想像力の塊のような歴史小説を面白くしているのは、作品全体から「精神の自由」と同意語である「権力に阿(おもね)ない生き方・考え方=非国民の思想」が通奏低音のように聞き取れることである。久々に再読して、理想社会の実現に向けた小説の可能性を感じさせる作品であることを再認識した。歴史ファンにも読んでほしい。

プロフィル

くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。近著に『原発文学史・論――絶望的な「核(原発)」状況に抗して』がある。