「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(21)番外編5 文・黒古一夫(文芸評論家)

「大江作品」から、現代日本のあり方を問う

『同時代ゲーム』は、徳川時代に四国の一小藩から追放された武士集団を祖先に持つ「谷間の村」(村=国家=小宇宙)の物語だ。村は、明治国家の強いた近代化=中央集権国家への恭順に抗(あらが)い、「二重国籍制度」を利用して、大日本帝国軍隊と「五十日戦争」を奇想天外の戦法で繰り広げるというストーリーを中核に置くことで、それまでの近現代文学作家の誰もが考え及ばない壮大なスケールで展開する。

画・吉永 昌生

そのような物語構成から透けて見えるのは、日本の在り様に対する大江の「異議申し立て」がいかに根源的なものであり、「正統」なものであるかということにほかならない。中でも、大日本帝国軍隊との「五十日戦争」の際に、「宣戦布告」の意味を込めて「村=国家=小宇宙」の人々が、共同体の中心を流れる川の堰堤(えんてい)に大書(たいしょ)した「不順国神(まつろわぬくにつかみ)、そして不逞日人(ふていにちじん)」という言葉には、大江の「日本という国家」を相対化する思想が込められている。私はこの長編こそ、混乱・混迷する現代において読まれるべき小説だと改めて思った。

プロフィル

くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。近著に『原発文学史・論――絶望的な「核(原発)」状況に抗して』がある。

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