「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(19) 番外編3 文・黒古一夫(文芸評論家)

豊かさとは――あるべき未来を考える文学作品

画・吉永 昌生

中でも、安部公房は『壁―S・カルマ氏の犯罪』(51年)で芥川賞を受賞して以来、『飢餓同盟』(54年)や『けものたちは故郷をめざす』(57年)などの前衛的な作品を著し、問題作を次々と発表してきた。その作品群の中でも、『第四間氷期』(59年)は、「科学」や「経済」といった「モノ」によって社会の「豊かさ」を求めても、そこに実現する「未来」が決して望ましいもの、輝かしいものにならないことを告げる「反ユートピア小説」として、特筆すべき長編作であった。そのストーリーはこうだ。

万能の予言機械(電子頭脳・コンピュータ)「KEIGI-1」を開発した「私」(勝見博士)が、助手の頼木と共に人間の「未来」を予言してみようと街で見かけた中年男に狙いを定め、いったん帰宅するが、翌日その男が死体となって発見される。「私」は、統計局の協力を得て男の大脳皮質を予言機械にかけ、生前の「記憶」を解析する。そのことで男の「過去」が明らかになるのだが、そのような「実験」をした後に「私」は「KEIGI-1」によって、世界の各地で哺乳動物の母体外発生の研究が行われていることや、地下の火山活動で地球が水没するという予想の下で、すでに水棲人間の養育が始まっていることを知る。

SF仕立てで「反ユートピア」の世界を描き、そのことで逆に「ユートピア」を希求する、これはそんな安部公房の熱い思いが充満している長編である。

プロフィル

くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。近著に『原発文学史・論――絶望的な「核(原発)」状況に抗して』がある。