「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(13) 文・黒古一夫(文芸評論家)

画・吉永 昌生

バブル経済は崩壊しても……

この大江の60年代の終わりから90年代半ばに至る「根拠地(ユートピア)」建設の失敗・挫折という物語には、まさにバブル経済が崩壊してもなお、「金がすべて」というような思想が蔓延していた当時の日本社会への、大江の深い「絶望」が反映していたと考えられる。

しかし、大江はノーベル文学賞受賞後に客員教授としてアメリカのプリンストン大学で1年間過ごした後に発表した『燃えあがる緑の木』の「続編」と言っていい『宙返り』(99年)は、「根拠地(ユートピア)」建設の指導者が亡くなっても、根拠地の構成員によってすぐに「後継者」が選出される物語として構想されたもので、大江が文学作品を通して「根拠地(ユートピア)」建設の可能性を追求し続けることの宣言にもなっていた。

一般的に、大江文学は「難解」と言われてきた。だが、系統的に読めば決して理解できなくはないということを、この「根拠地」建設の可能性を問う作品群は改めて私たちに教えてくれる。

プロフィル

くろこ・かずお 1945年、群馬県生まれ。法政大学大学院文学研究科博士課程修了後、筑波大学大学院教授を務める。現在、筑波大学名誉教授で、文芸作品の解説、論考、エッセー、書評の執筆を続ける。著書に『北村透谷論――天空への渇望』(冬樹社)、『原爆とことば――原民喜から林京子まで』(三一書房)、『作家はこのようにして生まれ、大きくなった――大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『魂の救済を求めて――文学と宗教との共振』(佼成出版社)など多数。