「時代」の声を伝えて――文学がとらえた80年(1) 文・黒古一夫(文芸評論家)

文学(者)の役割と「時代・状況」との関わり

「『時代』の声を伝えて」という連載は、「1938(昭和13)年~1950(昭和25)年」以降、約10年ごとの戦後の時間を対象に、文字通り「時代の声」を代弁する企画である。つまり「時代を刻印する」文学作品の歴史的・芸術的意味を考察するという試みでもある。果たして「文学」はこの80年間どのような「声」を上げ続けてきたのか、読者の皆さまとご一緒に考えていけたら、と思っている。

連載を始めるにあたって、私たちにとっての文学の意味や役割について考えてみたい。アメリカの現代作家カート・ヴォネガットは、激動する国内外の情勢を踏まえて文学(者)の役割は「炭鉱でガス発生を知らせるカナリアのようなものである」と言った。ノーベル文学賞作家の大江健三郎は「文学の役割は――人間が歴史的な生きものである以上、当然に――過去と未来をふくみこんだ同時代と、そこに生きる人間のモデルをつくり出すこと」(「戦後文学から新しい文化の理論を通過して」、86年)と定義していた。いずれも、文学(者)の根底に「批判精神」が存在し、そうであるが故に「文学は時代(の風潮や考え方)を深く刻印するとともに、時代の限界を超え、未来に向けて確かなメッセージを残すものだ」と私は考えている。

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