法話

唯仏与仏(28) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

「慈悲」の「悲」は梵語(ぼんご)で「カルナー」といいますが、人生のさまざまな問題に悩み苦しんでいる人びとの声を聞いて自分も同感し、同情することを意味します。だれでも、大なり小なり心配ごとを抱えているもので、それを察してあげると、自然に声をかけられるようになります。それが「悲」です。そして、その声かけがきっかけでその人を救うことができれば、これまた「最高の友情」ということになるでしょう。

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唯仏与仏(27) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私たちは、まず自分の幸せを願って行動するのがふつうですが、立正佼成会では「まず人さま」という言葉で、自分の満足より先に、相手の幸せを思いやることを大事にしてきました。それは、人さまの幸せを願うことが「仏性(ぶっしょう)」をまっすぐに発揮していく早道だからです。

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立正佼成会 庭野日鑛会長 12月の法話から

12月に行われた大聖堂での式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋してまとめました。(文責在編集部)

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年頭法話 立正佼成会会長 庭野日鑛

自己を進化してゆこう

「人を植える」ことは将来を見据えた社会づくり、国づくりの最重要課題

あけまして、おめでとうございます。

昨年は、教団創立八十周年という大きな節目の年でした。今年からは、いよいよ創立百年に向け、皆さまと心一つに、さらなる精進をさせて頂きたいと思っております。

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唯仏与仏(26) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

最近は、大企業の経営者や幹部社員のあいだに法門を学ぶ人が増えるなど、社会的に仏教への関心が高まり、ボランティア人口も増加しています。これは、多くの人が心のなかに仏さまをお招きしているということですから、たいへん喜ばしいことです。

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唯仏与仏(25) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

仏さまは、私たちの心が「法」からずれていることを気づかせようとして、大慈大悲のお心で「救い」の手をさしのべてくださいます。ですから、目の前の悩みも仏さまのお慈悲のあらわれであることを、お伝えすればいいのです。真心にまさるものはありません。相手を思う気持ちから、必ずふさわしい言葉が出てきます。慈愛をこめた語りかけやふれあいを積み重ねるなかで、その方を本質的な救われへと導くことができるのです。

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立正佼成会 庭野日鑛会長 11月の法話から

11月に行われた大聖堂での式典から、庭野日鑛会長の法話を抜粋してまとめました。(文責在編集部)

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唯仏与仏(24) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

感謝の念が湧いたときは、心がきれいになります。これは、だれでも経験することです。人に親切にされて「ありがたい」と思う瞬間、心に濁りなどありますか。微塵(みじん)もないでしょう。その瞬間は、いわば、心のアンテナが美しく磨かれ、人の恩を完全にキャッチできた状態といってもいいでしょう。

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唯仏与仏(23) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

自分の人生をふり返ると、一つの考えに帰着します。それは、私の一生はつまるところ、無数の人たちとの出会いによって導かれ、築かれてきたということです。あのとき、あの人と出会って、歩む道に確信がもてた……といったようなことが多く、あらためて一種の驚嘆の思いに駆られます。

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唯仏与仏(22) 立正佼成会 庭野日敬開祖法話

私は若いときから、人さまのいうことは素直に聞きました。ですから、自分の意見を言い立てて口論をするということはありませんでした。人さまの意見はよく聞いて、聞いたことをあとから味わってみて、よいところは自分のものとして消化する、というふうにしたのです。そのお陰さまで、どなたとでもおつきあいができて、また、こちらの言い分も酌んでいただけるのです。

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