気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(24) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

さて、もう一つ実感したことがある。それは、おすそ分けはモノだけではないことだ。心のおすそ分け。身近にいる人たちからも頂くが、インターネットでつながる遠く離れた人たちからも頂いている。

長男を抱き、夫が指差すのはパパイヤの実

私は毎日、お坊さまの説法を翻訳し、発信している。ある時、私の翻訳に対して、日本からうれしいコメントを頂いた。そのことを夫に話すと、彼は「僕は野菜を作って身近な人たちの体を支え、ファー(私のタイ語のニックネーム)は、説法翻訳で遠くの人たちの心を支えているんだね」とつぶやいた。なるほど、良いことを言うなあ、とうれしくなった。私自身、お坊さまの説法によって心を支えてもらっているが、それを自分だけでとどめてしまってはもったいない、必要としてくれる人に届けたい、と思ったのが、説法の翻訳を発信するきっかけだった。

モノと心のおすそ分け。このどちらが欠けても、今の私は豊かさに満足できない。おそらく、インターネットが発達する以前は、おすそ分けはモノの方が圧倒的に多く、心のおすそ分けも目に見える身近な人、地域の人に限られていただろう。だが今は、遠く離れた友人や仲間とつながることができる。不運にも、身近な人から心のおすそ分けを頂けない境遇にあったとしても、遠くの誰かの一言が心を支え、命を支えてくれることだってある。

昔のように、地域社会のつながりが当たり前のような時代とは違い、現代では、心のおすそ分け仲間をネットでつくるよりも、モノのおすそ分けをし合う仲間を身近につくることの方が難しいかもしれない。しかし、今、自分が手にしている大切な何かを、縁ある誰かと分かち合うこと。その真心と実践が、ひいては自分自身を支えてくれることを、私は信じたい。

そして、この地で深呼吸するたびに思い出す。私たちは、自然から絶えずおすそ分けを頂き、この命を生きているということを。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。