気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(21) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

タイの葬式本に学ぶ、故人の見送り方

先月、お世話になった方が病気で亡くなり、バンコクでの葬儀に家族で参列した。私が住むウィリヤダンマ・アシュラム(旧ライトハウス)を建てるのに尽力されたシニナートさんのお父さまで、アキサックさんという方だ。享年86歳。3年前に心臓を患い、療養中だった。中華系タイ人で、長年財務省の公務員として勤め、定年後も相談役として活躍されていた。ダンディーで車が大好きな、ちゃめっ気たっぷりのすてきなおじさまであった。

タイに長く住んでいると、友人や知人が増える。当然、葬儀に参列する機会も増えてくる。ただそのたびに感じるのは、タイでは悲壮感の漂う葬儀が少ないなということ。その理由は、輪廻(りんね)に基づく彼らの死生観が影響していると考えられる。とても興味深いテーマだが、今回は触れないでおこう。

実は、日本ではあまり知られていないタイの葬儀での慣習がある。それは、故人がいつ、どこで生まれ、どのような人生を歩んできたかを記した本が、参列者に配られるというものだ。タイでは「葬式本」と呼ばれており、故人の有名無名を問わず、遺族や友人らによって編集される。

タイでは人が亡くなってから火葬がなされるまでに約1週間、というのが一般的だ。しばらくは遺体を安置し、日にちをかけてお別れする。その間に本を編集、印刷して、本葬儀の時に配るのである。経済的に余裕があれば、葬式本だけではなく、僧侶の書いた仏教本も合わせて配ることがある。

私はいつも、頂いた葬式本をじっくり読む。するとさまざまなことが見えてくる。故人の生きた時代背景、大事にしてきたこと、苦労した出来事……、ほんの数回しかお会いできなかった故人の人生が、まるでドラマを見るように私の心の奥深くに残るのだ。

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