気づきを楽しむ――タイの大地で深呼吸(15) 写真・文 浦崎雅代(翻訳家)

成長著しい子供たちのサマーキャンプは、日本でもさまざまな場所で行われていることだろう。健やかな心身の成長や仲間づくり、自然に触れ合う大切さを学ぶことなど、学校以外の場所での触れ合いの場は大変貴重だ。しかしタイの一時出家サマーキャンプには、はっきりとした違いもある。主な三つの違いを取り上げて、私なりに考察してみたい。

(1)見た目。剃髪と僧衣の着用だ。タイでは髪の毛を剃(そ)るだけではなく、眉毛も剃るからかなりのインパクト。僧衣も着方があって、着崩れしないように着るには練習がいる。コスプレと言ったら怒られそうだが、まずは形から入って修行者らしく振る舞う。外見の変化は心に対する影響も大きいだろう。ちなみに、還俗(げんぞく)するまでは普通の服を着ることはない。

(2)托鉢。歩いて村を回り朝の食事を鉢に頂く。コンビニで好きなものを買うことはなく、村人のおすそ分けを頂いての生活だ。タイには「いただきます」と言う習慣はないが、まさに身で感じる「いただきます」の実践。お金を介さずに食を得る体験である。

(3)合掌――タイで合掌は一般的な挨拶の作法だ。目下の者から目上に向けてされるのが通常で、子供から先に合掌した後、大人も合掌を返すのが礼儀。しかし僧侶になると、僧侶から在家者への合掌はしないのが礼儀となる。僧になれば合掌される立場となり、在家者の徳を積む器となるのだ。托鉢を頂いた後にも、合掌するのは頂いた側の僧侶ではなく、ささげる在家者の方。沙弥にしてみれば、親や祖父母ほどの年長者から恭しく合掌される体験は、出家の機会がなければほとんどないだろう。

こうした違いは、キャンプの目的がただ子どもたちを楽しませるだけではないという意味合いを持つ。普段とは全く違うライフスタイルに身を置くことを余儀なくされ、違う世界観を体感するのだ。それは楽しく、便利で、豊かな生活、世界から「離れる」ということである。次回は、離れる体験が子供たちにもたらす意義について、さらに語っていきたい。

プロフィル

うらさき・まさよ 翻訳家。1972年、沖縄県生まれ。東京工業大学大学院博士課程修了。大学在学中からタイ仏教や開発僧について研究し、その後タイのチュラロンコン大学に留学した。現在はタイ東北部ナコンラーチャシーマー県でタイ人の夫と息子の3人で生活している。note(https://note.mu/urasakimasayo)にて毎朝タイ仏教の説法を翻訳し発信している。