栄福の時代を目指して(23) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節
連続失政による国難、国難、そして国難――外交・政体・経済の連鎖的危機
連載第15回などで警鐘を鳴らしてきた通りに、中小企業を中心に、7月には倒産件数が2カ月続いて1000件を上回った。リーマン・ショック以来の件数だ。いよいよ円安と物価高騰が進行して、生活や事業を脅かしている。
高市政権は、皇室典範改定の強行で支持率が急下降したためか、唖然(あぜん)としたことに、具体的な財源を示さずに食料品消費税減税という方針を決めた。消費税減税を行うのならば、財源を示すのが必須であり、うなぎ上りの防衛費の減額などを行わなければならない。そうでなければ、円の信認を破壊し、円安と物価上昇が進行してしまう。財源なしに、かかる人気取り政策を行うのは、ポピュリズムの極みであり、経済的合理性を無視している点で、経済と生活に致命的な打撃を与えかねない。
さっそく円安が進行し1ドル163円台となり、7月末には日米協調介入が行われた。日米による円買いの協調介入は、1998年以来、約28年ぶりだ。もっとも一度は155円台まで戻したものの、すぐに半分くらい戻り、今では159.25円になっている(8月26日)。スコット・ベッセント米財務長官の手元メモがロイター通信で配信されて市場に驚きが生じたが、米国側がユーロを売って円を購入して為替介入の事実を公表したということは、ベッセント財務長官が危機感を持ったことを如実に示している。世界的に日本経済の深刻さが認識されたわけだ。
さらにロシアのプーチン大統領が8月13日に北方領土の択捉島(えとろふとう)を訪問した。対米随従一辺倒の無思慮な外交も、国益を損ないかねない事態を招いた一因ではなかろうか。中国のみならずロシアとも関係が悪化し、北方領土の返還はまったく遠のいてしまったわけだ。中国もロシアも資源国だから、本当は国民生活の危険を和らげるために、今こそ周到な外交の配慮が必要なのに、だ。
つまり、エネルギー問題をはじめとして外交的危機が起こり、前回に論じた皇室典範改正のような政体の危機が引き起こされ、ついに経済的危機が生じた。国際関係、政治、経済と全ての領域で国難が生じたのだから、いわば国難の3乗だ。
この全ては高市早苗首相の責任であり、極右的なポピュリズム政策が招いた厄災である。失言で中国を怒らせ、友好国イランに高圧的に接してエネルギー危機を深化させ、ロシアとの関係まで壊した。男系・男性天皇論により皇室典範を改定し、政体を歪(ゆが)めて象徴天皇制を動揺させた。アベノミクスを継承して積極財政を主張し、円安と物価高騰・倒産の増加を招き、人気維持のために消費税減税を行おうとして、通貨危機の瀬戸際まで日本を追い込んだ。さらに、国会への出席義務を蔑(ないがし)ろにして答弁を怠ったり、記者会見を行わなかったりして民主主義を毀損(きそん)している。
「こんなにひどい総理大臣は初めてだ」という声がSNSでトレンドなどになっているが、自民党議員の中からもこういう発言が報じられている(朝日新聞、7月6日)。だからこそ、デモがしばしば行われて、支持率もついに急降下して、不支持の方が支持よりも高くなった調査もある(毎日新聞、7月19日)。
「法の支配」のための正義の戦い――外務省への要請とICC赤根所長制裁撤回要求
私たちは、「生活と平和を求める現実的外交提言」のための署名が5万筆を超えたタイミングで、7月末に外務省に要請を行った。国光あやの外務副大臣が対応し、私たちは、イランとの友好的外交によるホルムズ海峡船舶通過への努力と、平和の回復への尽力、アメリカの核施設攻撃や核兵器使用の抑止への働きかけ、国際的な「法の支配」などの擁護を求めた(7月30日)。
その中で、トランプ政権が国際刑事裁判所(ICC)を攻撃して解体しようとしていることを憂慮して、外務省に対し、日本人が所長として活躍しているICCや国際司法裁判所を支援することを要請していた。ところが、それから3週間も経たないうちに、トランプ政権は、ICCの赤根智子所長らを制裁対象にした(8月18日)。この結果、すでに赤根所長はクレジット・カードが使えなくなっており、今後、米国系のメールや銀行なども使えなくなると、生活に困る危険すらある。
ところが高市首相は「大変残念だ」としか述べず何の行動もしなかった。そこで、「お気持ち表明」しかしない「弱腰外交」という批判がメディアや有識者から巻き起こり、SNSでも非難が続出している。上記提言を行った発起人一同でも緊急声明を公表し、日本政府に対し、アメリカの制裁に抗議と撤回要求を行い、赤根所長らICCを支援するように求めた(8月24日)。
同じ日に、中谷元・前防衛相や石破茂・前首相などの関わる「人権外交を超党派で考える議員連盟」も総会で声明を議決し、トランプ政権の措置を「最も強い言葉で非難」して、日本政府に行動を求めた。「日本の反応は、諸国と比べて段違いに弱い」と批判した上で、高市首相の発言に対して「『残念』は感想であって、意思ではない。いま求められているのは、日本の意思である」と訴えたのである。
こうした批判が相次いだ後で、ようやく高市首相も、日本が重視する「法の支配」と「相容れるものではない」として、赤根所長への必要な支援を続けると述べた(8月25日)。ただ、米国に対する明確な抗議や制裁撤回要求については、言明を避け続けている。
他方で、赤根所長は、インタビューやオンライン記者会見などにおいて、制裁は「法の支配」の危機であるとして、「日本の皆様の支援が重要な鍵となる」(8月21日)と述べ、「日本が圧力に負けるのか、周辺国と協力してICCを支えようとするのか、世界が見ている」と訴えている(8月23日)。
そして「ICCは決して負けません。正義は常にこれと対極にあるものに優越する。いや、優越しなければならない。これは英語で言いますと、「Justice will and should prevail」となりますけれども、その信念を貫きます」と述べた(TBS NEWS DIG、8月26日)。けだし、名言である。「対極にあるもの」とは不正に他ならない。つまり、これは、不正に対する正義のための戦いなのだ。この正義は、徳義共生主義における「義」に相当するから、赤根所長はこの点において義人となっていると言えよう。
この信念を貫いて正義を守るためにも、人々の意思表明は有意義だ。(元ロースクールの教え子の弁護士たちが中心になって始めた)ICC支援の署名活動に7万5000筆以上の署名が集まったことを見て、赤根所長は、「非常に力を得て」おり、「日本国民が自分のこととしてこの事態を受け取ってくれている」と感じていると述べた(同上、26日夜には9万7000筆以上)。署名活動には、何も非がないのに制裁を蒙(こうむ)っている義人を精神的に激励する力があるのだ。





