栄福の時代を目指して(23) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

自民党内に良識はあるのか?――決起への国民的期待
他方で、高市首相は、熊本地震の被災地視察(8月3日)で、編集動画がプロモーションビデオのようだという批判を浴びた。広島・長崎の原爆の記念日でも、「非核三原則を堅持しており」という表現だけを用いて、今後の継続は明言しなかった。全国戦没者追悼式(8月15日)では、例年の「戦争の惨禍を繰り返さない」に代えて、「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない」と述べ、「せ」を忍び込ませて、自らの主体的な誓いとすることを意図的に回避した。いずれも、過去の言動から推測して、非核平和国家という国是を変更しようとしているのではないか、という疑いを招いたのである。
昨年の石破前首相のスピーチとは、質においても誠意においても雲泥の違いだ。長崎の「被爆者代表から要望を聞く会」(8月9日)では、長崎医学部卒の医師だった国光外務副大臣は、昨年の石破前首相と同様に、長崎医科大学で被爆した永井隆博士に言及した。そして、非核三原則や原子力基本法に基づいて核共有は認められないとして、長崎の人々の思いを受けて実相を伝えていき、唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界に向けて取り組んでいくと発言した。これに対し、隣席からきっと目を見開いて外務副大臣を見ていた高市首相の不機嫌そうな表情がSNSなどで話題となった。
食料品の消費税減税には石破前首相や岩屋毅前外相は反対ないし慎重な姿勢を明らかにし、小渕優子氏が税制調査会非公式幹部会メンバーを辞任した。将来の財務省事務次官候補と目されていた一松旬主計局次長が異例の人事で転出したのも、政策的対立のため政権に協力的でなかったからだという観測が報じられている。このように、自民党内からも、徐々に高市首相と距離を置く政治家が目立ち始めている。高支持率によって党内の異論が封じられていたが、目に余る政治の連続に、徐々に反対気運が高まり始めているようだ。
政権党員とはいえ、相次ぐ国難に対し、党内で何もしないのでは、将来、責任を問われるだろう。大きな問いは、「自民党内に良識はあるのか」ということだ。従来は、保守的と言われた新聞も含め、さすがに皇室典範改定や消費税減税には、ほぼ一致して激しい反対の論陣を張った。ようやく各新聞社が、新聞というメディアの良識と矜持(きょうじ)を示したと言えよう。
これに呼応して、もし良識と勇気や使命感を備えた政治家が党内にいるのならば、平和と民主主義の維持と、経済的な破綻回避のために政権からの離反と決起を断行すべきではないだろうか。良識的保守をはじめ、待望する国民はきっと多いだろうから、国民の喝采を受けるに違いない。
野党三党の合流協議への疑問――選挙分析と致命的選挙総括
他方で、中道改革連合と、参議院の立憲民主党・公明党との間では合流の協議が行われており、8月末までに結論を出すことになっている。ところが、中道の支持率は衆議院選挙直後には6%くらいはあったのに、短期間に急速に低下して2%台、つまり約3分の1になり、ついに最新調査では1.7%に下落して、野党6位になってしまった(NHK、産経新聞、FNN、8月10日)。立憲2.0%、公明1.4%だから、参議院だけにしか存在しない立憲の方が支持されているわけだ。
ここで怪訝(けげん)な思いが沸き起こる。「どうして支持率が激しい低下を続けている政党を中心に合同して、成功すると思えるのだろうか?」という疑問だ。
私たちは、総選挙に関して分析を行っており、高市ポピュリズムや、野党票の動向について調べている。選挙後には、中道の壊滅的敗北について、立憲民主党の支持層が離反したとか、公明党の支持層が中道に必ずしも投票しなかったというような理由が挙げられていた。
でも、分析結果は、そうではない。高市人気の影響で、どの野党においても、前回の選挙における支持者の中で、今回の選挙では自民党に投票した人々が、引き続き野党に投票した人の率は高くない。それに対して、もともとの支持層が続けて投票した率が相対的に多かった野党が、共産党と中道改革連合なのだ。
中道の場合、前回の立憲民主党投票者も、公明党投票者も、かなり中道に投票したのである。リベラル志向の立憲支持者には、政策的に妥協したように見える中道合流に不満を持ってはいても、「高市自民党が勝つよりはまし」という論理で、中道に投票した人が多かったようだ。これに対して、自民党に投票した前回の立憲投票者には、どちらかというと、右派的・保守的な人が多かった。この人々は政策的に中道より高市自民に惹(ひ)かれたり、公明党アレルギーによって中道への投票を止めたりしたと推測している。
ところが、中道は4~5月に、総選挙の敗北について、「リベラルへの忌避感」、「リベラル=進歩的」というイメージが若い世代に通用しなかった、「批判重視の野党」のイメージから脱却できなかった、というような総括を行った。そして「建設的野党」への転換を目指すとしたのである。これは完全な誤りであり、この選挙総括の誤謬(ごびゅう)がその後の致命的な失敗を招いたのである。
中道改革連合の大迷走――自称「中道」の右派連合への変貌
こうして中道執行部の大迷走が始まった。この政党は、総選挙の致命的総括に基づいて、その後、「建設的野党」と自称しながら、政府に明確に対峙(たいじ)せずに次々と右派的政策をとった。その極点が、皇室典範改定案に賛成したことだ。付帯決議を出して、与党がそれを却下したにもかかわらず、賛成に回ったのを見て、多くの人々が絶句した。通常は微温的な朝日新聞ですら、「皇室典範改正 無体な可決に同調した中道の不実」という批判的社説を書いたほどだ(7月10日)。この賛成は、政党としての自殺行為に思える。
選挙総括に基づいて、右派的政策をとれば、支持が回復すると執行部は思ったのだろうか。実際には、他にも右派的政党が多いから、政党間競合が激しく、右派的政策をとっても支持はあまり増えない。これに対して、中道左派の政党はなきに等しいから、中道左派的な政策を堅持すれば、そのような支持層は支持を続ける。そして、高市ポピュリズムの弊害を危惧する市民が増えているので、その人々が支持に回れば中道の支持率は上がっていく。現に、参議院の立憲や、共産は、中道よりも支持が多くなったのである。
ところが、中道改革連合は、中道左派的な支持者を完全に失望させてしまった。これが野党6位に転落してしまった最大の原因だろう。戦略的な大敗北だ。この単純な理由がわからないまま右派路線を続けるなら、中道執行部に明るい将来はないだろう。
中道の理念とは、本来、中道右派から中道左派を含む幅広い連合である。小川淳也代表自身も、総選挙後、「中道リベラル、中道保守」を含む「幅広い懐の深い道」を行くと説明していた(「笑下村塾」インタビュー、3月24日)。つまり中道右派的な公明党と、中道左派的な立憲民主党との連合政党というはずだったわけだ。ところが、中道執行部が右傾化し、もともと中道右派的な公明系と、立憲系の中道右派との連合になってしまった。これでは本来の「中道」とは言えず、「中道」を自称する「中道右派」連合である。この結果、中道左派的な前議員たちも、執行部の方針に幻滅したり憤ったりして、次々と離党している。支持者も有力議員も離脱しつつある現執行部の路線を見直さずに合同を行っても、多くの国民から信頼される展望はないだろう。





