立正佼成会 庭野日鑛会長 7月の法話から

庭野日敬開祖の生誕120年を記念するパネルの前でポーズをとる庭野会長(7月1日)

7月に大聖堂で行われた式典と「盂蘭盆会(うらぼんえ)」から、庭野日鑛会長の法話を抜粋しました。(文責在編集部)

愛(かな)しみを克服するために

私たち人間は、人のいのちはもちろん、家畜や、すぐそばにいる猫とか、犬とか、そうしたいのちが無視されて犠牲にされるのを悲しく思いますね。そのものを愛すれば愛するほど悲しい。ですから、「愛」という字を、日本では昔から「かなしい」と読んだのですね。本当に愛することは、そのいのちを悲しむこと。先ほどのお説法の中に、お子さんが亡くなられたとか、いろいろなことがありましたけれども、それは母親として本当に悲しいことでありますし、愛すれば愛するほど、悲しみも深まってくるということです。そうした愛することや悲しむことがなければ、仏教もなかったし、また、中国の儒教とか、いろいろな教えもなかった。人間が愛すること、愛する心、また悲しむこと、悲しむ心があるから、仏教も儒教も誕生したんだと、このように言われております。人間がそうした愛や悲しみを克服していくために、いろいろな教えが説かれてきたということであります。
(7月1日)

「ごめんね」

ある新聞(読売新聞)に小学校3年生の女の子の詩が載っていました。『ごめんね』というタイトルです。

ごめんね

「ごめんね」って言えない日
けんかをしたのに言えないな
大事な友だちだったのに
1分たって考えた
「ゴメン」って言おうと考えた
友だちの前を通ったけど
「ゴメン」とは 言えなかった

こういう単純な詩ですね。その後に、この詩を取り上げた方の「いちばん言えない言葉が、本当は、いちばん言いたい言葉」とのコメントがあります。

小学校3年生の子が、親友との間のちょっとしたことから、けんかをしてしまったけれども、「ごめんね」となかなか言えないそうです。まだ純真な子どもさんであればこそ、こういう詩が詠(よ)めたと思います。

私たち大人も、なかなか「ごめん」と言えないことが多くあると思います。子どもさんの詩を読みながら、そうした心を取り戻して、「ごめん」とか「感謝」という言葉を日頃、どんどん使えるようになれば、体も健康で元気で、皆さんと仲よく平和な世界を築くことができると思います。
(7月1日)

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