食から見た現代(30) 最後の一口に寄り添う、第二の家 文・石井光太

写真はすべて東京ペットホーム提供
羽田空港から車で10分ほどの大通り沿いに、「東京ペットホーム」の建物はある。レンガ風のおしゃれなデザインで、ペットのトリミングサロンのように見えるが、ここは年老いたペットの世話をする“老犬・老猫ホーム”である。
ドアを開けた正面には、柵で囲われた共有スペースがあり、その奥や二階に個室が用意されている。私を見て歩み寄ってくる犬もいるが、ほとんどがオムツをしていたり、老化で体毛が薄くなっていたりしていて、足取りは弱々しい。歩行ができず、介護用クッションに横たわっているものもいる。
老犬・老猫ホームとは、簡単に言えば、人間の老人ホームのペット版だ。飼い主が諸事情からペットの世話ができなくなった時の預け先である。ここのスタッフが飼い主に代わって身の回りの世話から、最期の看取(みと)りまですべて行う。
全国には、こうした老犬・老猫ホームが200カ所ほどあるというが、まだその内情は一般には知られていない。都内でいち早くこの業態を作り上げ、一般社団法人老犬ホーム協会の設立に携わった代表の渡部帝氏(56歳)に話を聞いてみた。
日本の家庭でペットとして飼われている犬の数は約682万頭、猫は約885万頭と推計されている(一般社団法人ペットフード協会・2025年調査)。犬に関しては年々減ってきているが、それでも1500万頭以上の犬猫が飼育されているのである。
良くも悪くも、ペットの生活は、飼い主である人間の動向によって大きく左右される。大きく言えば、人間社会のあり方が、そのままペットの生活環境にも反映されるのだ。
近年、人間社会の中で起きている変化といえば、若い世代なら「未婚化」「晩婚化」、高齢の世代なら「要介護者の増加」や「単身高齢者の増加」だろう。老犬・老猫ホームは、そうした社会変化の中で生まれた需要だという。
渡部氏は話す。
「近年は、高齢の方も若い方もいろんな事情から家族を持たず、ペットによって寂しさを埋めるといったことが行われています。私はそれ自体を否定するつもりもありません。ただ犬なら十数年、猫なら二十数年の寿命があり、飼いはじめの時はそんな先のことまで頭が回らないというのが正直なところです。
たとえば、うちのお客様の層として一番多いのが70~80代の方々です。彼らの中には、定年を過ぎて、子どもも独立したので、ペットを飼いはじめたという方が一定数います。65歳で飼ったとして15年すれば80歳。そうなれば、年老いたペットの世話どころか、自分が介護をしてもらわなければならなくなるということも起こりえます。
30~40代の方は別の理由でペットの面倒をみることができない状況が起こります。30歳で飼ったとしても、15年後は40代半ばの管理職になって多忙な日々を送っている年齢でしょう。そうなると、ペットが年を取って介護が必要になっても、日々の仕事に追われて、やりたくてもできないということが起こる。
このような場合に、飼い主はうちのようなホームにペットを託すのです。長年共に過ごしてきたペットの世話ができないから、代わりにうちにやってもらうということです」
犬の飼い主と、猫の飼い主とでは、老犬・老猫ホームに預ける理由が異なるという。
犬の飼い主は、「犬が年を取って介護が必要になったため」など理由が犬の側にあるケースが大半だそうだ。他方、猫の飼い主は「自分(飼い主)が高齢者施設に入居することになったため」など理由が人間の側にあるケースがほとんどらしい。
なぜこうしたことが起こるのか。それは犬と猫の生態が関係しているという。
年を取った犬は、体のどこかに病変が見つかり、数カ月から数年かけて治療を受けながら最期を迎えるケースがほとんどだ。それゆえ、人間が犬を介護しなければならなくなり、それができない時にホームに預けることになる。
ところが、猫の場合は治療を必要とする期間が極めて短いか、ほとんどない。病気だとわかった時には、余命いくばくもないというケースが多数なのだ。
渡部氏は言う。
「猫は野性的な部分が残っているのか、人間に弱いところを見せようとしないんです。よく猫は死期が近づくと、そっと家を出て行って一人で死ぬといわれますよね。家で飼われている猫も同じで、最後の最後まで普段通りに振る舞っているんです。だから、飼い主がうちに猫を預ける時は、猫の介護ではなく、自分の介護が理由になることの方が多いのです」
同じペットでも、犬か、猫かによって、ホームに託すまでのプロセスが違ってくるのである。
東京ペットホームは、犬20匹、猫20匹を上限として受け入れている。スタッフは合計で12人おり、深夜2時~5時を除く21時間体制で犬猫の世話をしている。都市型の店舗としては規模、サービス、料金は平均的だ。
渡部氏は自店の他にも、他者が同じような店を開業する際のコンサル事業も手掛けている。それは、彼自身が都内の老犬・老猫ホームビジネスの草分け的存在であり、積極的に業界の発展にかかわっているからだ。
東京ペットホームを渡部氏が立ち上げたのは、2014年のことだった。
それまで彼は小さな工務店の経営者であり、ペットビジネスとは縁も所縁(ゆかり)もなかった。動物についても詳しいわけではなく、雑種犬をペットとして飼っていただけだ。
彼の運命を変えたのが、2011年に起きた東日本大震災だった。テレビや新聞が被災地の様子を伝える中、彼の目に留まったのが飼い主を失ったペットだった。





