利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(61) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

文明の衝突

この事態からまず認識すべきことは、コロナ禍に続いて世界が動乱期に入ったということだ。コロナ禍が過ぎ去ったら元の世界に戻ると期待した人が少なくないだろう。しかし、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻により例証されたように、世界が複合的危機の時代に入り、文明的変動が生じつつあると私は考えている。ウクライナ侵略は国際的経済問題を引き起こし、物価上昇・利子率上昇・株価下落などによる経済危機が日本でも生じかねない。日本経済はすでにアベノミクスの失敗によって、潜在的に大きなダメージを負っているから、一気に顕在化する危険性がある。今までのような表面的な好況は終焉(しゅうえん)を迎えて、コロナ危機と経済危機が複合的に生じるかもしれない。

この侵略は、アメリカを中心にする西洋文明の動揺の結果でもある。かつてのようにアメリカが圧倒的なパワーを持っていれば、ロシアが侵略行為を行うことは難しかった。トランプ前大統領がアメリカ一国主義を唱えたことに現れているように、その衰退が誰の目にも明らかになったので、従来の世界秩序を侵犯する戦争が生じたのである。

文明論的に見れば、プーチン大統領はウクライナを同一文明に由来するロシアの勢力圏と見なしており、それゆえにウクライナの加盟によるNATOの東方拡大を容認できなかったのだろう。もしこのような軍事的侵略が成功すれば、中国も、台湾など自分の文明的な勢力圏と考えている地域に対して、武力侵攻を行う誘惑に駆られる危険が考えられる。

つまり、西洋文明とイスラーム文明との衝突に基づく武力紛争(2001年9月11日の米国同時多発テロやイラク戦争、「イスラーム国」との戦い)に続いて、ロシア文明との衝突が軍事的紛争へと顕在化したのである。冷静な見方をすれば、イスラーム文明との衝突と同じように、ロシアへの刺激を回避して文明的衝突が生じないように配慮する知恵が、アメリカやウクライナの側に不十分だったと言わざるを得ないだろう。

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