利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(18) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

なぜアフリカの問題に取り組む必要があるのか

まずは「世界の貧困問題」の概要や私が提起した「地球的福祉」という考え方(第15回参照)を紹介してから、国連の掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」を説明し、この新たな段階に即して「私たちに何ができるか」という問いを提起した。これまで政府や市民社会(NGOやNPO)はプロジェクトやキャンペーンを行ってきたが、この会議ではさらに宗教者も加わっている。これらの3者が協力して新しい世界的運動を点火できないだろうか。そういう思いで「アフリカの新たなビジョン」について仮想案を提起し、会場の人々の意見を求めたのだ。

そもそも日本やアジアなど身近なところで深刻な問題があるのに、なぜ遠いアフリカの問題に取り組む必要があるのだろうか。この根本的な問いに対してフロアからもパネリストからも有意義な意見が続出した。会場の宗教者からは利他的動機に基づく自分たちの取り組みが語られて、印象的だった。誰しも周囲の問題には関心を持ちやすいが、自分の利害には直接関係しない遠隔地の深刻な問題に対して公共的な関心を持って行動することができるのは、やはり宗教のもたらす力だと感じさせてくれたからだ。

同時に、日本人が現地でのボランティアを通して、逆に自分自身がやりがいを実感し、生きる意義や勇気を得たという体験談も語られた。これも、この国際会議の大事な主題に直結する発言だった。

幸福とは何か?

これを会議のポイントに挙げるのは、「日本とアフリカでは、どちらが幸せか」「むしろアフリカの人々や生活から学ぶべきものがあるのではないか」というのが次の問いだったからだ。これらは、「そもそも幸福とは何か」という大きな問いに関係している。アフリカの多くの地域では、自然と調和した分かち合いの生活がなされているが、先進国の競争的な人生よりも心豊かで幸せではないか、という声があるからだ。

会議ではその後、「人間中心の開発と環境への配慮」「経済開発と教育(内なる開発)」「西洋的な価値観や民主主義と現地の価値観」「木の伐採と気候変動対策」「援助による日本の経済成長と人権保護や企業の社会的責任」「経済開発と平和・安全」などの具体的なジレンマが問われて、興味深い意見が次々と現れた。

こういったさまざまな論点が、大なり小なり幸福についての問いと関連している。開発援助においては、しばしば支援する側が上の立場と考えられやすいが、こと幸福な生き方については逆に、日本をはじめ先進国と言われる側がアフリカから学ぶところがある。このような謙虚な認識によってはじめて、支援する側とそれを受ける側とが相互に学び合うという対等な関係を形成することができるのだ。

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