『利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割』(15) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

貧困問題と宗教

前回に書いたように、東アジアの歴史的変化は確かに進みつつあるように見える。北朝鮮と韓国の首脳が歴史的な会談を行った。両首脳が南北の境界線をまたいで共に歩いたのは、分断の悲劇の歴史をよく知る人々にとっては感動的なシーンだった。希望を失わずに「祈りと対話と行動」を続けることが大切だと改めて分かるだろう。

平和の実現とともに大事なのが、世界における貧困問題だ。極度の貧困は、生命すら脅かす。これはまさに人道問題だから、宗教にとっても貧しい人々を救うことは重要な課題である。日本でも古代の聖徳太子や光明皇后が、貧窮者や病人、孤児の救済のために悲田院や施薬院を設けて以来、多くの宗教者がこの問題の解決に努力を重ねてきた。

今日、先進国では、国家が社会保障の制度を整備したので貧困問題は以前より少なくなり、福祉は政治の課題になっている。でも、それは宗教にとってもやはり重要な関心事だろう。実際、福祉の活動に携わっている人々の中に宗教心のある人は少なくない。

世界の貧困問題を解決するために

他方で、発展途上国では、経済的発展が不十分で国家の力が弱いために、貧困問題は深刻であり、行政によって解決することが難しい。その典型がアフリカだ。そこで国連では、2000年に大きな目標(国連ミレニアム開発目標=MDGs)が掲げられ、政府機関と民間が協働して、NPOやNGOにより貧困軽減のためのさまざまな運動やキャンペーンが世界で展開された。当時は、3秒に1人、1日に3万人の子供たちが飢餓や栄養失調によって命を落としていたのである。

例えば「ホワイトバンド」という運動では、アーティストなどの世界的な有名人が映像で出演して貧困の撲滅を訴えた。「スタンドアップ・テイクアクション」という運動では、世界で多くの人々が同時に一度座ってから立つことによって、問題解決への意思を示そうとした。これらは日本でも行われたから、私も協力した。

こういった世界的な努力が功を奏して、飢餓で死んでしまうような極度の貧困は減少した。これも、多くの人々の願いと行動が事態を改善した例だ。それでもなお貧困問題は残っているし、経済が自立的に発展するためには多くの課題を克服しなければならない。そこで国連では2015年、さらなる大きな目標(持続可能な開発目標=SDGs)が掲げられた。

【次ページ:地球的福祉は必要か?】