利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割(80) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節

政治哲学から見る旧統一教会への解散命令請求

文部科学省は、民法上の不法行為を根拠に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への解散命令を東京地裁に請求した(10月13日)。宗教法人法における「報告徴収・質問権」を7回にわたって行使し、教団からの資料収集や元信者への聞き取りを行い、この決定に至ったのである。

これに対し、「信教の自由」への懸念を表明する人もいる。政治哲学から考えてみれば、自由を尊重する思想(自由主義)からも、他者に危害を与える行為に対しては、自由を制限することが認められる(危害原理)。これを踏まえて、日本国憲法においては、「公共の福祉」による権利の制限が定められている。そこで、宗教法人法で①「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」や②「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」などがあった場合、裁判所が解散命令を出せる。

文科省は会見で、「教団は長期にわたって継続的に、信者が多数の人々に対し、自由な意志決定を制限し、正常な判断が妨げられる状態で献金や物品購入をさせてきた」として、この①と②に該当するとしたのだ。

解散命令が確定しても、宗教法人という法人格を奪われて税法上の優遇がなくなるだけで、宗教活動は続けられる。そのため、「信教の自由」が完全になくなるわけではない。よって、危害原理から見ても、①にいう「公共の福祉」のための解散命令請求は妥当であり、「信教の自由」の脅威とは言えない。

自由と全体主義的宗教・政治

私は第66回にこの問題を取り上げて、自由との関係で政教癒着、カルト的宗教という点を論じた。

政教癒着は、他の多くの宗教や信仰、さらには思想の自由を妨げるが故に、政教分離は極めて重要だ。しかし、今回の解散命令請求では言及されていない。自民党は旧統一教会と縁を切るとはしているものの、密接な関係が疑われている議員が重要な職に今もついている例があることから、この問題を十分には払拭(ふっしょく)していないと言わざるを得ないだろう。

カルト的宗教の特性として、自由な思考ができなくなる「霊的(スピリチュアル)ないし宗教的な全体主義」を私は挙げたが、これは文科省の言及した「自由な意志決定を制限し、正常な判断が妨げられる状態」に対応するから、ある程度は解散命令請求で考慮されたと言えよう。

そして、全体主義的なカルト的宗教と、強権的な政治との政教癒着が進行すると、自由を圧殺する全体主義的国家となってしまいかねない。この予兆が、安倍政権以来、日本政治に現れていた。安倍晋三氏殺害事件によって露見したこの危険は、現政権の不評などにより減少しつつあるものの、単に解散命令請求によって終わるものではない。この機に、国民の理性的な視線により、全体主義的政治の芽を摘まなければならない。これは、今後の課題であり続けている。

宗教の目的と公共的活動

文科省は②「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」にも言及したが、目的という観点から見ても、解散命令請求の妥当性は変わらない。そもそも宗教法人が税制上の優遇を受けられるのは、宗教活動に公共的利益を認められているからだ。そこで問題は、この団体の活動が、公共的利益、言い換えれば公共善に寄与するような、本来の宗教活動であるのかどうか、ということになる。

それでは、宗教本来の目的とは何だろうか。さまざまな表現はあるものの、その核心は人間の心や魂の精神的成長にあろう。そのための方法を教えるのが宗教の大目的だ。

自由の剝奪は、心の成長を困難にするが故に、この目的に反している。よって、自由という観点から見ても、全体主義的なカルト的宗教には規制が許容されるのである。

人々の精神的成長は、他者への慈愛を育み、人間関係や社会に有意義な活動を促すため、公共的利益ないし公共善の実現に寄与する。それにより、宗教法人には税法上の優遇措置が存するのである。

このための方策は多様である。人によっては、ボランティア活動であったり、文化的、社会的、ないし政治的活動だったりするだろう。この結果として、例えば、宗教的な観点から政治的行為をすることも、特定宗教と国家との結合を禁止する政教分離に反しない限り、何の問題もない。むしろそれは、利害を超えた観点からの公共的な利益や善の実現を目指すという、宗教団体としての正当な行為である。

今回の解散命令請求が、カルト的な全体主義的宗教の影響を日本政治から払拭するとともに、多くの人々がそれを機に宗教本来の目的を顧みて、自由な精神的成長と、健全な公共的・政治的活動の活性化へとつながることを願いたい。

プロフィル

こばやし・まさや 1963年、東京生まれ。東京大学法学部卒。千葉大学大学院人文社会学研究科教授で、専門は政治哲学、公共哲学、比較政治。米・ハーバード大学のマイケル・サンデル教授と親交があり、NHK「ハーバード白熱教室」の解説を務めた。日本での「対話型講義」の第一人者として知られる。著書に『神社と政治』(角川新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう』(文春新書)など。

【あわせて読みたい――関連記事】
利害を超えて現代と向き合う――宗教の役割