新・仏典物語――釈尊の弟子たち(28)

生と死とIV 我も病み、老い朽ちたり

熱いものが、頬を伝わり落ちました。こらえても、まぶたを押さえても、涙はあふれ出ました。アーナンダ(阿難)は、壁に頭を押しつけたまま、顔を上げることができませんでした。床に涙の染みができていました。おえつを押し殺そうとして、アーナンダはせき込みました。

隣の部屋からアーナンダを呼ぶ声がしました。病に伏した釈尊のものでした。病状は重く、立ち上がることができないほどでした。アーナンダは返事をしましたが、しばらくはその場を動きませんでした。釈尊に涙顔を見せるわけにはいきません。そして、数日前に告げられた釈尊の言葉を反すうすると、再び涙があふれ出てくるのでした。

「これまでよく私に仕えてくれたね、アーナンダ。私はもう八十になった。わが体は老い朽ち、人生の旅路を終えようとしている。古ぼけた荷車と同じようなものだ。ギシギシいいながらも、ところどころに結びつけた革ひものおかげで、何とか役目を果たせている。荷車が壊れるのを防いでいる革ひもとは、アーナンダ、そなたのことだ」

アーナンダは、釈尊がまもなく入滅することを告げられたのでした。

アーナンダは涙を拭い、隣室に赴きました。その顔を見て、釈尊はほほ笑みました。

「泣いておったのか」「はい。涙が込み上げて止まりません」「正直者だの、そなたは」

アーナンダは枕元に腰を下ろしました。

「お釈迦さまには、まだまだ生きていてもらわねばなりません。人々の利益(りやく)と幸福のために。これは私だけの願いではありません」

「無理を申すな。もう何度も説いてきたではないか。人間は死を免れることはできない。愛(いと)しい者とも、いつかは別れなければならない。それが道理というものなのだ。私とて例外ではない。だからこそ、教えを依りどころとし、人を依りどころとしてはならぬのだ」

アーナンダの瞳が、またぬれ始めました。涙は見る間に膨れ上がり、頬を伝い始めました。アーナンダは立ち上がり、部屋から走り出ていきました。その後ろ姿に、釈尊はつぶやくように言いました。

「泣いてばかりおっては、人に笑われてしまうぞ、アーナンダ」

(大般涅槃経より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています