新・仏典物語――釈尊の弟子たち(21)

釈尊の子

拳。左顔面に飛んできました。かわせない。二発目。右頬に衝撃を受けました。顔はゆがみ、鼻血が飛び散りました。ひと呼吸おいて、三撃目が襲ってきました。腹。息が詰まり屈み込んだ瞬間、首筋に蹴りを入れられました。ラーフラ(羅睺羅=らごら)の身体は地面にたたきつけられました。「ケッ、意気地のねぇ奴だ」。若者は唾を吐き捨て、仲間を連れて去って行きました。

サーリプッタ(舎利弗=しゃりほつ)とラーフラが托鉢(たくはつ)のため、城に入った時の出来事でした。二人の前に目つきの卑しい三人の若者が立ちはだかったのです。そして若者の一人が足元の砂をつかむとサーリプッタの鉢に入れました。「その砂を、あんたの神通力で食い物に変えてみなよ、お坊さん」。サーリプッタの後ろに控えていたラーフラが一歩踏み出した時、いきなりなぐりつけられたのでした。

ラーフラは鼻血を拭いながら立ち上がりました。地面に転がったラーフラの鉢を拾い上げ、差し出すサーリプッタの表情には、なぜか笑みがたたえられていました。

「よくも、こらえたものだな、ラーフラ。以前のおまえなら、三人を相手に躍り掛かっていたところだ」。人ごとのように言うサーリプッタに、半ば呆(あき)れながらラーフラは応えました。「何をのんきなことをおっしゃられます、和尚。私がいなければ、どうなっていたか分かりませんよ。それから、いつも私にお話ししてくださっているではありませんか。忍は宝だ、と」。「ああ、そうか。そんなことをおまえに申していたかの」。「ああ、そうか、ではありませんよ、和尚。おかげで、ひどい目に遭いました」。衣の裂け目を一つ一つ示し、ラーフラが情けない顔を上げると、そのしぐさをのぞき込むようにして見ていたサーリプッタの目とぶつかりました。「これだから、和尚にはかなわない」。二人は声を上げて笑いだしました。

「さあ、森の湧き水で顔を洗って、精舎に帰ろうか」。何か楽しげにラーフラを促すとサーリプッタはさらに独りごちました。「世尊にご報告しなくては……ラーフラも成長いたしましたと」。

サーリプッタはラーフラの存在など忘れてしまったかのように、足早に歩き始めました。その後ろから、ラーフラの慌てた声が追ってきました。

「ま、ま、待ってください、和尚」

(羅云忍辱経より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています