新・仏典物語――釈尊の弟子たち(20)

兄弟弟子

足はドロと埃(ほこり)にまみれ、衣の裾もボロボロになっていました。長い旅をしてきたのか、その若者の頬はそげやつれていましたが、目には精悍(せいかん)な光を宿していました。この青年が精舎に着き訪(おとな)いを入れた時、空にはもう、星がきらめいていました。

「ソーナ・クティカンナと申す者です」。応対に出てきたアーナンダへ若者はそう名乗りました。そして、西インドのアヴァンティから来たことと、僧になることを許してくれた兄弟子の名を告げると、アーナンダは慌てて釈尊の房舎に駆け出していきました。

アーナンダに案内され、若者は釈尊と対面しました。若者を見つめる釈尊の眼差(まなざ)しには労(ねぎら)いの色が浮かんでいました。旅に費やした日数のこと、通過して来た国々のこと……。旅の話が一区切りつくと、若者は兄弟子から託されてきた用件を切り出しました。それはアヴァンティ国での布教に関することでした。アヴァンティでは僧侶の数が少ないので、戒を授けるために必要な僧の数を五人(正式には十人)にしてほしいこと、険しい山道が多いので、履物は規定のものより丈夫なものを使用したいということなど五つの項目でした。若者が話すアヴァンティの風土、習慣、布教の状況に耳を傾けられていた釈尊は、全ての申し出を認める決定をされました。

用件が済むと、話は若者が出家するまでのことや若者の兄弟子の近況に及びました。兄弟子の事を話す若者の、その口調には信頼と敬愛がこもっていました。会話は弾み、いつの間にか房舎には朝の日差しが差し込み始め、小鳥のさえずりが届いてきました。

「私の兄弟子、いや、私にとってはお師匠さんですが、そのお方が私の帰りを待っておりますれば……」。若者は居ずまいを正し、拝礼すると立ち上がりました。釈尊とアーナンダが見送りに出ました。精舎を後にした若者は、しばらく行くと立ち止まり振り向き、手を大きく振りました。そして再び身を翻すと、もう振り返ることはありませんでした。

釈尊の胸に、一人の男の顔が浮かんできました。若者の兄弟子が釈尊の命(めい)でアヴァンティに旅立った時も、こんな別れだったからです。その時と同じように、頭上で樹木の葉が爽やかにそよぎました。

「いい若者と巡り合ったな、カッチャーヤナ(迦栴延=かせんねん)よ」

(四分律より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています