新・仏典物語――釈尊の弟子たち(18)

共命鳥 デーヴァダッタ(Ⅲ)

釈尊が襲われた――異変を聞きつけ、弟子たちが駆けつけてきました。爪に毒を塗り釈尊の命を奪おうとしたデーヴァダッタ(提婆達多=だいばだった)は、逆にその毒によってあえぎながら死んでいったというのです。釈尊の無事を確認し落ち着きを取り戻した弟子たちに、釈尊は一つの譬(たと)え話を語り始めました。

共命鳥(ぐみょうちょう)の譬(たと)え。共命鳥とは、一つの身体に二つの頭(一方の名はカルダ、もう一方の名はウパカルダ)を持つ鳥のことです。

ある日、共命鳥が川辺の樹木で羽を休めていると、上流から一個の木の実が流れてきました。ウパカルダは眠っていましたが、カルダの方は目覚めていました。カルダはくちばしで木の実を取り上げました。カルダは迷いました。ウパカルダを起こして一緒に食べようか。しかし、ウパカルダは気持ち良さそうに眠っています。〈身体は一つなのだから、おなかに落ちればおんなじだ〉。そう思い、カルダは木の実を食べてしまいました。

目覚めたウパカルダは芳しい香りに気づきました。カルダの口から漂ってくるのです。「この香気は何だ?」。カルダが事情を説明するとウパカルダは怒り出しました。「カルダ、おまえというやつは……」。

数日後、また上流から木の実が流れてきました。この時はカルダが眠り、ウパカルダが起きていました。ウパカルダはくちばしですくい上げ、木の実を食べました。ところが、この果実には毒が含まれていたのです。毒が身体をはい巡り始め、カルダも目を覚ましました。死が訪れる寸前、ウパカルダは吐き捨てるように言いました。「カルダ、何度生まれ変わろうとも、おまえを赦(ゆる)しはしないぞ」。

譬え話を語り終え、釈尊はつけ加えるように言いました。「カルダは私で、ウパカルダはデーヴァダッタである」。

共命鳥の譬えを聞き、高弟の一人であるウパーリ(優波離=うぱり)は驚愕(きょうがく)しました。あのデーヴァダッタと釈尊が一つの生命を共有していたというのか。いや、もしかしたらそうなのかもしれない。デーヴァダッタと釈尊に限らず、全ての人間には同じ尊い命が授けられている。それなのに人間は自分の思い一つでその生命を汚してしまうのだ。ウパーリの脳裏を以前、釈尊が説き示した詩がよぎりました。

自分の生命を汚すのも浄めるのも
自分自身の行いである
だから、人は他人を浄めることはできない

(有部毘奈耶破僧事および法句経より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています