幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(9) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

画・天野 和公

怒りを離れて怒りに勝つ――ウッタラーとシリマー

自分に対して好意的な人、親しい人に優しくするのは簡単なことです。しかし、激しい怒りや嫌悪を向けてくる人に対してはどうでしょうか。優しさどころか、平静さを保つことも容易ではありませんね。

怒りには、さらに大きな怒りで戦い打ち負かそうとする。それが私たちの本性です。けれどもお釈迦さまは「怒りでは怒りに勝てない。怒りに勝つのは唯一、慈しみの心である」と説きました。

マガダ国ラージャガハの都に、ウッタラーという令嬢がいました。ウッタラーは仏教を信仰しない家に嫁いだため、結婚後は僧団にお布施をしたり説法を聞いたりすることが一切かなわなくなりました。

たまらず実家の父に手紙を書いて訴えたところ、気の毒に思った父親はこう返答しました。「この都にはシリマーという美貌の遊女がいる。彼女を雇って夫の世話を任せなさい。その間、おまえはお釈迦さまを家に招き、思う存分功徳を積むといいだろう」。

シリマーは都の名医ジーヴァカの妹で、一晩に千金の価値があると謳(うた)われた絶世の美女でした。ウッタラーの父は半月分の代金1万5000金を娘に送りました。

ウッタラーは喜んで父の申し出を受け入れました。望みがかなったことがうれしくてうれしくて、彼女は自ら台所に入り、すすにまみれながら料理を支度しました。夢のような13日間があっという間に過ぎました。

そして14日目。いつものように台所で汗を流しているウッタラーの姿を、夫とシリマーは部屋の窓から眺めていました。まるで召使いのようにあくせく働いている妻を滑稽に感じ、夫は思わずクスリと笑いました。シリマーはこの笑みをウッタラーへの愛情と誤解して、一瞬にして嫉妬の炎に包まれました。