幸せのヒントがここに――仏典の中の女性たち(9) 文・画 天野和公(みんなの寺副住職)

シリマーはつかつかと台所に走り下りると、衝動的に煮えたぎった油をひとすくい手に取り、ウッタラーの顔めがけて浴びせかけました。

ウッタラーは瞬時にこう念じて、心を整えました。「私が今まで功徳を積むことができたのは、この友、シリマーのおかげです。もし私が彼女に対し、少しでも怒りや嫉妬の心を持つならば、油でやけどをするでしょう。そうでなければ無事でしょう」。すると不思議なことに、油は水のように冷たくなりスルリと地面に落ちました。

「奥さまに何ということを」。周りの召使いたちはシリマーを取り押さえ、殴る蹴るの制裁を加えようとしました。ウッタラーはそれを制止し、自らシリマーを介抱しました。

自分を深く恥じて謝罪したシリマーを、ウッタラーは翌日、お釈迦さまに引き合わせます。これまでの経緯を聞いたお釈迦さまは大いに喜び、次のように説かれました。

「怒りを離れて怒りに勝ち、善によって不善に勝つ。布施によって物惜しみに勝ち、真実によって偽りに勝つ」(法句経223)

この説法によってシリマーは預流果(よるか)の悟りを得て、篤信の信者となりました。

ウッタラーの慈愛ある行動は、到底まねることなどできない夢物語にも感じられるでしょう。しかしそれは、私たちに潜む怒りが底なしに大きく根深いことに気づいた証拠にほかなりません。自分の内なる炎がどれだけの凶悪さをはらんでいるかに気づくところから、それを離れたいと願う心や、その試みも生まれるのです。

参考文献:清浄道論第十二品、ダンマパダ・アッタカター(法句経注釈書)

プロフィル

あまの・わこう 1978年、青森県生まれ。東北大学文学部(宗教学)卒業後、夫と共に仙台市に単立仏教寺院「みんなの寺」を設立した。臨床宗教師でもある。著書に『みんなの寺のつくり方』(雷鳥社)、『ブッダの娘たちへ』(春秋社)、『ミャンマーで尼になりました』(イースト・プレス)など。現在、臨床宗教師に関するマンガを制作中。