新・仏典物語――釈尊の弟子たち(16)

地獄の炎 デーヴァダッタ(I)

炉(ろ)の中で、焼鉄(やきがね)が真っ赤に焼けていました。それを見やり、デーヴァダッタ(提婆達多=だいばだった)はすぐさま目を背けました。これから、その焼鉄を足の裏に押し付けて、輪相(りんそう・千の輻=や=を持つ車輪の模様)を刻み込まなければならないのです。仏と同じ身体的な特徴を備えるためには、どんな苦痛にも耐える覚悟はできているものの、やはり心が震えるのでした。

「ブッダになった者の躰(からだ)は金色に輝き、足の裏には輪相がある。おまえの身は金色でもなければ、輪相もないではないか」。マガダ国王に就任したばかりのアジャータサットゥ(阿闍世=あじゃせ)に、自分を仏として敬えと要求すると逆にこう難詰(なんきつ)されてしまったのです。こんな応えが帰ってくるとは思ってもいませんでした。アジャータサットゥは、デーヴァダッタの入れ知恵で王位に就いたようなものだったからです。

デーヴァダッタは聡明(そうめい)な男でした。釈尊の教法もよく理解しました。ただ、聖なる境地を求め修行に励む同僚たちとは違った望みを胸に秘めていました。それは、極めて人間的な欲望でした。教団で力を持ち、やがては釈尊に代わって人々から崇(あが)められたいという渇望でした。

アジャータサットゥを王位に就ける手助けをした代償として、王自らがデーヴァダッタに帰依することで国民の尊崇(そんすう)を集める。それがデーヴァダッタのもくろみでした。ところが、王位を得るとアジャータサットゥの態度は急によそよそしくなりました。デーヴァダッタに唆(そそのか)され、父王を死に追いやったことを後悔し始めたのです。アジャータサットゥの心変わりをデーヴァダッタは敏感に察知しました。自分のたくらみを実現させるためには、なんとしてもアジャータサットゥの心をつなぎ留めておかなければなりません。身に金箔(きんぱく)を塗り、足の裏に輪相を施す。それが、まやかしにすぎないことを誰よりも知っていたのは、デーヴァダッタ自身でした。

男が焼鉄を炉から取り出す音を、台の上に横たわりながらデーヴァダッタは耳にしました。「いいですね」。男から声を掛けられた瞬間、熱塊が躰を貫いていきました。握り締めた手が白くなりました。気を失う寸前、頭の中をよぎっていくものがありました。それは、多くの人たちに囲まれ供養を受けている情景ではなく、地獄の炎に身を焼かれる自分の姿でした。何かを叫ぼうとしましたが、デーヴァダッタの意識は暗い奈落の底に堕(お)ちていきました。

(有部毘奈耶破僧事より)

※本シリーズでは、人名や地名は一般的に知られている表記を使用するため、パーリ語とサンスクリット語を併用しています